次の一手 — 全工程を渡した後に残る、人間の仕事
私は営業15年目の速水拓真です。この連載では、私が自社の営業現場に取り入れているAI活用の仕組みを、道具(そのまま貼って使える指示文)つきでお渡ししています。
朝の15分が、道具68(前夜の商談リストから準備書を生成する指示文)と道具69(その準備書に赤ペンを入れる指示文)に置き換わりました — 前回、定時実行の商談パイプラインが動き始めた話をしました(第52回)。商談の部屋に入る前の仕事は、もう道具の手に載っています。
ここで「商談本番の自動化」と聞いて、AIが商談で話をしてくれる未来を思い浮かべるなら、それは私の言う自動化ではありません。本番の自動化とは、部屋に入る前と出た直後を道具で固めて、部屋の中の時間をそっくり人間に明け渡すことです。今回は最後に残った手作業である「商談直後の記録」を道具に渡して区間を閉じ、その上で、全工程を渡し切った後に手元へ残る仕事の正体を確かめます。
シリーズを通して渡してきた道具の最後の2本、道具71と道具72です。
最後の手作業 — 商談記録を「60秒」と「5分」に分解する
営業の1週間でいちばん後回しにされ、いちばん時間を食うのが商談記録のSFA入力です。1件に20〜30分かかります。週3件の商談をこなす営業なら、毎週1時間半を記録に使っている計算になります。
しかも大半は「月末にまとめて書く」パターンです。商談から2週間経った記録は細部が抜け落ちて、翌週の準備にも案件の棚卸しにも使えない文書になります。私はこれを「書いたのに書いていないのと同じ」と呼んでいます。
一方で、商談の記憶がいちばん濃いのは、商談室を出た直後です。終了直後の60秒のメモは、翌日の30分の思い出しに勝ります。だから記録を2段階に分解します。
商談の直後のメモを、その日のうちに文書の形に起こす工夫は、以前渡しました(第13回・商談後メモを議事録に変える)。今回はそのメモを一歩進めて、SFAにそのまま登録できる商談記録そのものに仕上げます。
第1段階(60秒・商談室を出る前に):スマホのメモに3行だけ打ちます。雑で構いません。要件は固定です。
- 相手の温度感(前向きか、慎重か)
- 決め手になったものと、詰まったもの
- 次の一手(誰が・いつ・何を)
たとえば、こんな3行です。
A社・佐藤部長。見積には前向き。懸念は導入工数。
来週頭に稟議。次回は情シスの田中さんも呼びたいとのこと。
同業他社の事例をもう1つ出せれば固まる。若手はずっと資料をめくっていた。
最後の一文のような「空気」を混ぜるのがこつです。相手の表情、雑談への乗り、会議室での席順。文字にならない情報は道具に渡しようがありません。だから鮮いうちにメモに落としておきます。
第2段階(5分・帰りの電車):3行メモを道具71に貼ると、SFAにそのまま登録できる商談記録が上がってきます。
道具71:3行メモをSFA商談記録に仕上げる道具
以下をAIに貼って使います。指示文の中身の理屈は読み飛ばして構いません。貼って動けば道具です。
あなたは営業記録の整理を担当するアシスタントです。私が商談直後に打った雑なメモを、SFAにそのまま登録できる商談記録に仕上げてください。
【私の3行メモ】
(商談直後に打ったメモをここに貼る)
【前提情報】
案件名:
相手(会社名・役職名):
商談日時:
提案内容と想定金額:
現在のステージ:
【出力の条件】
1. 以下の項目ごとに記録を書いてください
・商談の要約(3行以内)
・相手の温度感(前向き/中立/後ろ向きの判定と、そう判断した根拠)
・判明したニーズと懸念
・決め手になりそうな要素と、詰まった論点
・次のアクション(誰が・いつまでに・何を、の1行)
・次回商談で触れるべき論点(箇条書き、最大3つ)
2. メモに書いていないことを事実として書かないでください。推測には(推測)と付けてください
3. 翌朝の私が読んで分かる粒度で書いてください
4. 私のSFAの商談記録の項目名が下記と異なる場合は、この項目名に置き換えてください
(自社SFAの記録項目名をここに貼る。貼らない場合はこのまま)
「前提情報」は、道具68に渡した案件情報のコピーを使い回せば手間ゼロです。
先ほどの3行メモを道具71に通すと、「次のアクション」の行はこうなります。
佐藤部長との日程調整を今週金曜までに私が行う。田中さん(情報システム)の同席は、稟議資料の技術項目の確認が目的と推測されるため、その旨を添えて依頼する(推測)。
「次回商談で触れるべき論点」には、導入工数の圧縮案、同業他社の事例、稟議の前提条件が並びます。この2つの欄こそが、翌朝の道具68が準備書を回すための材料です。記録は報告書ではなく、次の準備の燃料です。
数字で見ると、1件20分の記録作業が5分になり、週3件なら毎週45分が回収されます。1年で約35時間。振り返りに充てるにも、帰宅を1本早めるにも使えます。
ちなみに録音して文字起こしする方法は、第34回で渡しました(商談の文字起こし)。丸ごと録るか、60秒メモだけ拾うかは、商談のタイプで使い分けてください。商談室を出るまでメモの余裕がない場面ほど、直後の60秒の価値が上がります。
記録の先の一手 — その日のうちに動かす2つの手
道具71の記録には「次のアクション」の行が必ず入ります。商談がうまい営業は、この1行を当日中に動かします。手は2つです。
手1(3分):記録の「次のアクション」行を下敷きに、当日中にフォローのメールを1通出します。お礼メールを5分で作る道具は、商談直後に送る側の一丁目(第43回)で渡してあります。そこにこの記録を貼れば文面は上がります。
本書だけをお読みなら、3行で足ります。
本日はありがとうございました。導入工数はこちらで圧縮案を用意します。田中さまの日程は来週前半で調整します。
この3行で、次回商談の日程と議題の半分は固まります。
手2(2分):SFAの案件のステージと受注確度を、記録に合わせて書き換えます。道具71の「温度感」の判定が後ろ向きなら、確度は下げます。ここを翌日に持ち越すと、月末の棚卸しで確度だけが古いまま残り、予実のズレの原因になります。
商談直後に記録を起こして、そこからタスクを自動で起こす仕組みは、第45回で渡しました(商談記録からタスク)。月曜の棚卸しが3日遅れまでにしか初動を取れない案件を拾ってくれたのを覚えているでしょうか。今日の2つの手は、その棚卸しに回す案件を当日に減らす、上流の栓です。
ここまでで、商談の全工程が道具に載りました。
渡し切った先に残る、人間の5つの仕事
まず、3冊で渡してきたものを棚卸しします。見込み客のリストづくりと企業調査は第2作『見込み客をAIに探させろ』で、日報・礼状・定期フォローの文面は第1作『営業の仕事をAIに任せろ』で渡しました。そして本書『商談をAIに鍛えさせろ』では、商談の準備(道具68〜70)、本番の台本と想定問答(道具64・65)、断られフォロー、直後の記録(道具71)までが道具の手にあります。
では、人間の手元には何が残ったのか。5つに整理します。これらは「自動化から漏れた残り物」ではありません。人間にしかできないから残った仕事です。
- 体を運ぶこと:商談の部屋に入るのは人間です。準備書を持ち、フロー文書と応答集を手元に開いて席に着くのも人間です。フロー文書と応答集の作り方は、商談SOPの3つの文書として渡しました(第51回)。書いた本人が休んでも回る形にするのが目的でした
- 空気を読むこと:相手が資料を先にめくった、値段の前のページで止まった、雑談に乗ってきた。この情報は文字化されないため、道具は永遠に拾えません。だから60秒メモに混ぜます。商談を動かすのは、残念ながら議事録に残らない側の情報です
- その場で決めること:「値引きなら2割まではこの場で出せます」という即断は人間の特権です。応答集に「その場で出してよい条件」と「必ず持ち帰る条件」を書き分けておくと、即断は速くて安全になります
- 切ること:受注確率の数字は道具が出します。その数字を見て案件から手を引くか、確度を下げてリソースを割くかの決定と、決めたことへの責任は人間のものです
- 外の情報に署名すること:道具が持ち込む市場情報や顧客情報の元をたどる1分(前回の掟2)。道具の出力を商談で口にすると決めた瞬間、それはあなたの発言になります。この1分は信用の保険です
1〜3は商談の部屋の中、4と5は机の上の仕事です。道具は部屋に入れません。道具にできるのは、部屋の外を固めることだけです。この連載で3冊かけて作ってきた構造は、実はすべてこの一点のためのものです。
そして、残る仕事は「減らす」対象ではありません。鍛える対象です。鍛え方は振り返りです。年250件の商談をこなしても振り返らなければ、250件のほぼ同じ商談をしています。ただし、振り返りの苦行を人間に課すと3週間で廃れます。振り返り自体は道具にやらせます。シリーズ最後の道具です。
最後の道具は「あなた」を鍛える — そして週のループを閉じる
道具72:1週間の商談を1枚に研ぐ道具
あなたは営業コーチです。私の1週間分の商談記録から、来週の私を鍛えるためのレポートを1枚作ってください。
【今週の商談記録】
(道具71で仕上げた商談記録を、1週間分まとめてここに貼る)
【出力の条件】
1. 「今週の良かった点」を2つ。商談記録に根拠があるものだけを挙げ、該当する一節を引用してください
2. 「失点」を最大3つ。私の発言・準備・フォローについて、記録から読み取れる穴を指摘し、該当する一節を引用してください
3. 「口ぐせ・癖」を1つ。複数の記録に同じ傾向が見えた場合だけ挙げ、見つからない場合は「今週は見つからない」とだけ書いてください
4. 「来週への一手」を1行。失点を直すための具体的な行動を1つだけ挙げてください。「傾聴を心がける」のような抽象論は禁止します
5. 全体は5分で読める長さにしてください。ほめすぎないこと
金曜の退勤前10分、翌週の商談リストを共有シートに差し替える週次の作業(第52回)と同じタイミングで回します。道具71で1週間分溜めた商談記録をそのまま貼るだけです。
レポートの「来週への一手」の1行は、翌週の道具68の指示文に足します。
今週の初回商談2件は自社紹介が3分を超えていた。来週の準備書には「自社紹介は90秒で切る」を入れること
のような1行です。こうして振り返りの結論が翌週の準備に流れ込み、鍛える輪が閉じます。
ここで1週間の運転を通しで並べます。この連載の完成形です。
- 前夜3分:SFAから翌日の商談をコピー
- 朝15分:道具68で準備書、道具69で赤ペン
- 本番:フロー文書と応答集を手元に、商談は人間
- 直後60秒:3行メモ
- 帰り道5分:道具71で商談記録、当日中にフォロー
- 金曜10分:道具72で錬成レポート、翌週のリスト差し替え
通算すると、商談1件あたりの前後の管理は20分前後です。朝の15分は数件まとめて回すので、1件あたり5〜7分に割り引かれます。この20分には準備書、応答集、商談記録、翌週の一手まで含まれます。安い買い物です。
道具72が、このシリーズで渡す最後の道具です。この先の番号は、あなたがあなたの道具に付ける番号です。道具の作り方は3冊を通して同じです。
- 週3回以上繰り返している作業を書き出す
- 出力の条件を5つに絞る。全部盛りの道具は1週間で破綻します
- 1週間回して成果が出なければ捨てる。道具は資産ではなく消耗品です
たとえば道具71の「出力の条件」を自社SFAの項目名に書き換えれば、それはもうあなたの道具です。その隣に、あなたの商談でしか起きない作業を1本足す。それが続く番号の埋め方です。
最後に、本書のタイトルに戻ります。「商談をAIに鍛えさせろ」——鍛えられるのは準備書と応答集と商談記録です。しかし、前夜にリストを整え、商談室の出口で60秒メモを打ち、金曜にレポートを読んで翌週の指示文に1行足すのは人間です。道具は時間を返し、情報を返します。その時間と情報で商談が一段強くなり、道具を回す人間も一段強くなる。次の一手は、道具が並べた盤面の上で、あなたが打つ番です。
今日やること
- 次の商談が終わった直後(60秒):商談室を出る前に3行メモを打つ。要件は「相手の温度感」「決め手と詰まり」「次の一手」。文字にならない「空気」を一言混ぜること
- その日の帰り道(8分):道具71に3行メモと前提情報を貼って商談記録を作り、SFAのステージと確度を1行書き換える。記録の「次のアクション」行を下敷きに、当日中に3行のフォローメールを出す。道具71の「出力の条件」を自社SFAの項目名に書き換えた版を、自分の道具として保存しておく
- 今週の金曜・退勤前(10分):1週間分の商談記録を道具72に貼って錬成レポートを出す。レポートの「来週への一手」の1行を、翌週の道具68の指示文に足して、本を閉じる
今日はここまでで合格です。
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- ③ 商談前メモ5箱テンプレート — 商談5分前に読める1枚(AI整形プロンプト+記入例つき)
この記事の元になった書籍では、商談の全工程(準備・本番・記録・振り返り)を道具で固め、最後に人間の手元に残る5つの仕事を確かめています。
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