速水拓真 営業×AI 実践シリーズ
Zenn

効果測定は3指標で回す — 「数字がバラバラで判断できない」を防ぐ準備工数・商談数・提案数の設計

初出: Zenn

前回は、導入が3つの壁で止まる正体と外し方を書きました(導入は3つの壁で止まる)。

前回予告したとおり、今回は効果測定の仕上げです。壁を外してAIを使い始めても、1か月後に必ず聞こえてくるのがこの一言です。「計測は始めたが、数字がバラバラで判断できない」。準備時間はメモ帳に、商談数はカレンダーに、提案数は頭の中に——記録の器が3つに分かれていると、週をまたいだ瞬間に比較が死にます。判断できないのは、あなたの分析力ではなく、指標の設計が悪いからです。判断は3つの数字と固定の順番さえあれば、誰にでもできます。

なぜ3指標だけなのか — 欲を出した瞬間、計測は死ぬ

まず釘を刺します。指標は3つだけ。準備工数・商談数・提案数です。 受注額も見たい、アポイントの獲得数も見たい、フォロー回数も……と欲を出すと、集計に1週間かかる仕組みが生まれ、3週目で誰も更新しなくなります。測定は「続けられるか」で決まります。毎日の記録が合計2分で済むこの3つだけが生き残ります。

この3つが営業の工程と1対1で対応していることを確認してください。

指標 対応する工程 役割
準備工数 準備する(リスト・調査・資料) 投入
商談数 話す 対話
提案数 形にする(提案書) 成果物

川上から順に1つずつ押さえているので、3つ並べるだけで自分の営業の形が見えます。どこに時間を注ぎ、どこで案件が止まっているか。

受注額を入れない理由は、月末まで動かない結果指標だからです。週単位で直すには遅すぎる。アポイント数を入れない理由は、先方の意思が固まる前の数字なので大きくブレるからです。それに対してこの3つは、どれも「すでに起きた事実」しか数えません。 事実だけを数える記録は、うそをつきにくい。この共通点が、3つを選んだ一番の根拠です。

もう1つ、この連載ならではの理由があります。AIに任せた作業が本当に効いているかは、この3つでしか判定できません。 リスト作成や調査、提案書の下書きをAIに任せる方法をこの連載で取り上げてきました。任せた結果、準備工数は減っているでしょうか。減っていないなら、任せたつもりで自分の手でやり直している可能性が高い。計測とは、AI化の効果を確かめる装置でもあります。

指標1: 準備工数 — 15分刻みの自己申告で足りる

まず定義です。準備工数に含めるのは、案件を取るための作業すべて。

  • 含める: 見込み客リストの作成と絞り込み、相手企業・担当者の調査、資料の新規作成と修正、営業メールの文面作成、商談の社内調整
  • 含めない: 商談の実施時間そのもの、移動、日報やCRM入力などの社内業務、記録作業そのもの(1日2分)

計り方も1つ決めます。タイマーは使わず、1日の終わりに感覚で振り返って15分刻みに丸める。 「A社の調査に30分、資料の直しに45分」。50分は60分に、40分は45分にしてかまいません。

「そこまで雑で意味があるのか」という疑問には、はっきり答えます。改善に必要なのは精度ではなく一貫です。準備工数が問題になるのは、週で数時間、月で数十時間の単位です。5分の誤差が結論を変えることはありません。逆に、タイマーを回す記録は3日で挫折し、その後は空白が続きます。丸めた数字を毎日積むほうが、正確な数字を3日でやめるより百倍価値があります。

指標2: 商談数 — 「相手が聞く姿勢を見せた対話」だけを数える

商談数で一番の失敗は、数える対象が日によって変わることです。「今週は商談が少ないから、飛び込み2件も入れておこう」——こうやって定義が広がると、数字が伸びた週と本当に商談が増えた週の区別が付かなくなり、ログは死にます。

定義は1つに絞ります。先方が時間を確保して、こちらの話を聞く姿勢を見せた対話のみを数える。

  • 含める: オンライン・電話・対面は区別せず、先方が聞く場を設けた対話。目安は15分以上
  • 含めない: 受付で断られた飛び込み、展示会での名刺交換のみ、日程変更の連絡、既存顧客への定期の業務連絡

線引きに迷ったら、この基準を使ってください。「先方が次のアクションを聞いてきたか」。 「資料を送ってほしい」「次はいつ会えるか」——こうした返しがあった対話は商談です。なければ数えません。15分未満でもこの基準を満たせば1件に数えます。

指標3: 提案数 — 「送った日」で数え、初回のみ

提案数は送付ベースで数えます。

  • 含める: 提案書・見積書・金額を書いたメールを先方に送った日。口頭で概算を話しただけなら、その日のうちに「本日のお話をまとめました」というメールに金額を付けて送れば、提案として数えます
  • 含めない: 同じ案件への改訂版・最終版の再送。初回の送付のみを数える

初回のみとする理由は、提案数の意味が「提案段階に到達した案件数」だからです。1つの案件を3回送り直して3カウントしても、持ち球は1つのままです。

「送った日」を数える理由は実務上のものです。作成を始めた日も、先方が読んだ日も、記録の手間が跳ね上がります。送った日は送信履歴に残るので、嘘や記憶違いが混ざりにくい。定義は、測るコストと後の使い方で決めます。

3つ並べると「詰まり」が見える — 二人の1か月

同じ目標を背負う二人の、ある月の記録です。

Aさん Bさん
準備工数 58時間 9時間
商談数 19件 8件
提案数 3件 3件
1商談あたりの準備 3.0時間 1.1時間
商談→提案の転換率 16% 38%

Aさんは毎晩準備に追われているのに、提案に届く案件が少ない。商談6件以上あってようやく提案1件という転換率です。この場合、打ち手は商談の中身側に集中します。初回商談で要件と予算感を固める質問表をAIに作らせる、商談終了の当日に議事録をAIでまとめて翌日の提案につなげる——詰まった工程こそ、次にAIへ渡す仕事の最有力候補です。

Bさんは逆です。転換率38%は十分戦える水準なのに、月8件の商談では提案3件が天井です。Bさんの一手は、1商談あたり1.1時間の準備をさらにAIに渡して、商談数そのものを増やすことです。

大事なのは、どちらも怠けているのではなく、詰まる場所が違うだけだという点です。3指標は頑張りを裁く物差しではなく、詰まりを探す地図として使います。判断の順番は固定です。まず1商談あたりの準備を見る → 次に転換率を見る → 最後に絶対数を見る。 この順番で見れば、Aさん型かBさん型かが最初の1か月で分かります。

毎日の記録は「終業時3行メモ」— 書くのは2分

記録の方法を極端に単純にします。毎日の終業時に、自分宛のチャットかメモ帳に3行だけ書く。

準備: A社の調査60分、B社資料の修正30分
商談: A社オンライン30分、C社対面60分
提案: B社に見積書を送付

書けない日は、ゼロの3行を送ります。「準備:ゼロ、商談:ゼロ、提案:ゼロ」。空白にしてはいけません。空白は「サボったのか、単に何もなかったのか」の区別が後から付かず、データとして使い物を失います。ゼロは立派な記録です。

書いた3行はAIに貼って1行にしてもらいます。次のプロンプトを保存し、毎日同じものを使います。

あなたは営業記録の整理係です。私が送る3行のメモを、
次の形式のCSV1行に変換してください。

日付,準備工数(分),商談数,提案数,メモ

ルール:
- 準備工数は15分単位に丸める
- 書かれていない項目は0にする
- メモは50字以内に要約する
- 出力はCSVの1行のみ。説明文は付けない

出力はこうなります。

2025-06-12,90,2,1,A社調査・B社見積書送付

この1行をスプレッドシートの「活動ログ」シートに貼って、1日終わりです。失注ログと同じブックにシートを1枚足しておけば、後で日付を鍵に両方のログをAIに読ませられます。

道具: 商談数だけは機械に数えさせる

3行メモの弱点は自己申告です。人は数字が下がりそうな週に、記憶の操作ではなく判断のすり替えを始めます。「あれは商談というより、ちょっとした電話だったな」と。そこで商談数だけは、機械に数えさせます。

運用は1つだけ。カレンダーに商談を入れるとき、タイトルに「商談」という言葉を入れる。「【商談】〇〇商事 田中様」のような形です。過去の予定を直す必要はありません。今日からで構いません。

次のコードをGoogleスプレッドシートの「拡張機能 → Apps Script」で開いた画面に貼り、「実行」を押してください。やることはここまでです。中身を読む必要はありません。貼って動く道具です。

function countMeetings() {
  // 過去7日の予定を取得する
  const cal = CalendarApp.getDefaultCalendar();
  const start = new Date();
  start.setDate(start.getDate() - 7);
  const events = cal.getEvents(start, new Date());

  // タイトルに「商談」を含む件数を数える
  let count = 0;
  for (let i = 0; i < events.length; i++) {
    if (events[i].getTitle().indexOf('商談') > -1) {
      count++;
    }
  }

  // 「商談数」シートに1行追記する
  const ss = SpreadsheetApp.getActiveSpreadsheet();
  let sheet = ss.getSheetByName('商談数');
  if (!sheet) {
    sheet = ss.insertSheet('商談数');
  }
  sheet.appendRow([new Date(), count]);
}

初回の実行時だけ許可の確認が出ます。「詳細」から進めて許可してください。自分のカレンダーを読み、同じブックに追記する許可です。「商談数」シートに1行増えれば設置完了。以後は週に1回、同じボタンを押すだけです。

提案数にも同じ仕掛けが使えます。Gmailの検索ボックスに次の文字列を貼ってください。

after:2025/6/1 before:2025/7/1 subject:(提案 OR 見積) has:attachment

ヒットした件数が、その月に送った「提案らしいメール」のおおよその総数です。件数はスレッド単位なので厳密な値ではありませんが、3行メモの記録と大きく食い違ったら、メモの取り忘れか送り忘れのどちらかが起きています。どちらも直す価値のある発見です。

測り始めの1か月は、ただ測る

最後に、運用上の原則を2つ。

1か月目は何も変えないこと。 数字が出るとすぐ直したくなりますが、測り始めの月は「普通」を採る期間です。比較対象がいない状態で直しても、効いたかどうかを確かめられません。改善は2か月目から。先月比と先週比が出せる状態になって初めて、打ち手が選べます。

そして、活動ログを人事評価に使わないこと。 準備工数を評価に使えば申告時間は一斉に縮み、商談数を評価に使えば定義は一斉に広がります。数字がきれいに整った瞬間、ログは嘘の集まりになります。「このログは改善専用」という宣言を、活動ログにも被せておいてください。

まとめ

  • 「数字がバラバラで判断できない」の原因は分析力ではなく、指標の設計と記録の器の分散です
  • 指標は3つだけ。準備工数(投入)・商談数(対話)・提案数(成果物)。欲を出した瞬間、計測は死にます
  • 3つの定義は「すでに起きた事実」だけを数える。商談は「相手が次のアクションを聞いたか」、提案は「初回の送付日」で線引きします
  • 判断の順番は固定。1商談あたりの準備 → 転換率 → 絶対数。3つ並べれば詰まった工程が見え、そこが次にAIへ渡す仕事です
  • 記録は終業時3行メモ×AIでCSV1行。測り始めの1か月はただ測る。ログは人事評価に使わない

次回は、こうして積んだ数字を経営層に通す最後の関門です。3指標と比較レポートを並べても「それで投資対効果は?」と聞かれたら終わります。数字を予算の言葉に翻訳する、説得のための数字の作り方を書きます。


この連載の続きは、はてなブログでも毎日書いています。

この記事の元になった書籍では、3指標の定義と3行メモの運用、商談数を機械に数えさせるApps Scriptを、計測の設計として通しで扱っています。

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