本音は「言い回し」に乗る — 議事録から『ただ』の裏を読み、フォローメールの1行に変える
私は営業15年目の速水拓真です。この連載では、書籍『商談をAIに鍛えさせろ』(Amazon・読み放題対象)の内容に沿って、商談をAIと分担するための道具を、そのまま使える形で紹介しています。
前回(第35回)は、商談の議事録から「聞き漏らし」を検出する話でした。「いい商談だった」と感じた日ほど、実は聞けていない——それを数え上げさせるのが、前回保存してもらった道具でした。
今回のテーマは、その視点を180度ひっくり返します。前回拾っていたのは「私が聞き漏らしていないか」。今回拾うのは、相手が、言い回しに乗せて出してきた本音です。
商談の翌日には、本音が消えている
商談のあと、先輩と「今日のあの人の『ただ』、気になりませんでした?」という話をしたことがあるなら、あなたは目の利く営業です。問題は、その気づきが翌日には消えることです。
人間の記憶は、相手の発言を「要約」で保存します。相手が「正直なところ、運用は2人で回してるんで」と言ったのに、3日後に残っているのは「運用に不安があるって言ってた」だけ。前置きが消え、数字が消え、言い回しが消える。要約だけが残った記録を前にしても、次の一手は出せません。
建前は言葉に乗り、本音は言い回しに乗ります。だから私は、商談を録音して議事録にする構え(第34回)を続けています。議事録は要約を残しません。言葉を残します。この記事では、残された言葉をAIに読ませて、本音が乗った言い回しを拾わせます。
なお、議事録には声の強弱や間は残りません。商談中に引っかかった一言は、商談メモの余白に2〜3語だけ書いておきます。このメモが、あとで照合するときに効きます。
本音が乗りやすい「言い回し」は、型が4つある
商談に出てくる言い回しのうち、本音が乗りやすいものには型があります。4つだけ覚えて帰ってください。
型1. 具体が出たら本音
「リソースが足りなくて」は誰でも言えます。一方「毎週月曜に、3人の現場からCSVをもらって手で張り合わせてるんですよ」は、その作業をやった人間にしか出てきません。数字、曜日、回数、固有名詞。具体が出た発言は、その人がその業務に実際に触れている証拠です。売るなら、この業務を救う話をしないと響きません。
型2. 「ただ」以降が本音
人は建前から話し始めて、本音を接続詞に乗せて移ります。「いいですね。……ただ、正直に言うと、うちで回せるかが一番の不安で」。「ただ」「ちなみに」「実は」「正直」「うちの場合は」の後ろに本音が置かれます。前半の「いいですね」には、評価材料がほぼありません。
型3. 2回出てきた悩みが本命
質問を変えても、別の話の裏から同じ悩みが戻ってくるなら、それは解決したい課題です。1回は礼儀、2回は本気。商談中に「忙しくて」という言葉が2回出たなら、その人は時間の話ではなく、自分の一番の制約の話をしています。
型4. 主語が消えたら動かない
「社内で共有しておきます」「上長と相談します」。主語がいない発言は、具体的に誰も動きません。日本の商談では、断りは「No」という言葉ではなく、主語の消失で来ます。逆に「私から〇〇さんに見せてみます」には主語があります。動く人は、主語と一緒に動きます。
この4つを商談中に全部拾うのは無理です。商談中の頭は次の質問でいっぱいでなければなりません。だから、商談後に議事録から拾わせる。その道具が、次の「本音スキャン」です。
道具19: 本音スキャン — 議事録から「言い回し」を拾う
道具19は、議事録を貼ると、上の4種類の型に当てはまる相手の発言を原文のまま抜き出し、確認の優先度順に並べる道具です。中で何をやっているかは分からなくて結構。コピーして、貼って、出力を読む。黒箱の道具として使ってください(保存3分、1商談あたり実行2分)。
人が議事録を最初から最後まで読んで言い回しを拾うには15分かかります。1日3本の商談なら45分です。AIなら1本2分で、しかも疲労で読み飛ばしません。この差が、道具にする意味です。
道具19(コピーして、いつものAIに保存してください):
あなたは法人営業の商談分析の専門家です。以下の商談議事録から、相手の本音や事情が乗っていそうな発言を探してください。
【議事録】
(ここに道具15で作った議事録を貼る。録音がなければ商談メモを整理したものでもよい)
次のルールで抽出してください。
1. 次の4種類の言い回しを探します
A. 具体: 相手が人数・金額・時期・曜日・回数・部署名・システム名など、具体的な数字や固有名詞を出した発言
B. 接続: 「ただ」「ちなみに」「実は」「正直」「うちの場合は」などで始まる発言、またはその直後の発言
C. 繰り返し: 言い方が違っても、別の文脈で2回以上出てきた同じ話題・悩み
D. 主語の消失: 「社内で共有します」「上長と相談します」「検討します」など、誰が動くか書かれていない発言
2. 次の表形式で出してください。確認優先度の高い順に並べ、10行を超える場合は上位10行に絞ってください
| 番号 | 相手の発言(原文のまま) | 分類(A〜D) | この発言が示しそうなこと(推測) | 確認優先度(◎/○/△) | 分類の根拠となった言葉 |
3. 発言は原文から一字一句変えずに引用し、議事録に存在しない発言は絶対に作らないでください。推測には「推測」と明記し、断定しないでください。
4. 議事録の中で相手が発した質問をすべて抜き出し、件数を数えてください。
5. 最後に「この商談で一番確認したほうがいいこと」を1つだけ、一文で。
設計意図をひとつだけ。「原文から一字一句変えずに」は省けない指示です。AIは要約したがります。要約されると根拠が消えて、「AIがそう言ってた」だけが残ります。原文が残っていれば、あなたの目で議事録と照合できる。次に、その照合をやります。
出力の読み方 — サンプル商談で確認する
中堅の機械部品メーカー、情報システムご担当のA様との商談(2回目。自社はデータ一元化ツールを提案している想定)の議事録の一部がこれです。
A様: いや、うちもデータの一元化は課題ですね。現場からは毎週CSVをもらって、手で張り合わせてます。
A様: ただ、正直なところ、運用は私と後輩の2人で回してるんで、新しいツールを入れても使いこなせるかどうかが一番の不安ですね。
A様: あ、あと導入期間ってどのくらいですか。予算は、四半期をまたいでいれば取れたんですけど、このタイミングだと稟議が難しいかもです。
道具19に通すと、発言は確認の優先度が高い順に並んで出ます。
- ◎(型B・接続詞):「運用は私と後輩の2人で回してるんで、新しいツールを入れても使いこなせるかどうかが一番の不安ですね」 — 根拠となった言葉は「ただ」「正直」の直後。人員が導入判断の最大の懸念の可能性(推測)。
- ◎(型A・具体):「予算は、四半期をまたいでいれば取れたんですけど、このタイミングだと稟議が難しいかもです」 — 根拠は「四半期」「稟議」。予算は「ない」のではなく「時期」の問題の可能性(推測)。
- ○(型A・具体):「毎週CSVをもらって、手で張り合わせてます」 — 根拠は「毎週」「手で」。現場業務の実態。導入後の業務設計はここに合わせないと失敗する可能性(推測)。
- △(型D・主語の消失):「稟議が難しいかも」 — 予算の決め手が誰なのか、まだ確認できていない可能性(推測)。
- 相手からの質問は1件:「導入期間ってどのくらいですか」
- 一番確認したほうがいいこと: 稟議が通る時期と、通すための条件
読み方のポイントは3つです。
- 推測は当てにしない。信じてよいのは「発言(原文のまま)」だけです。まず原文が議事録に実在するか、目で照合する(2分)。ここを省くと、幻の発言を根拠にメールを書くことになります。
- ◎は2つまで。拾いすぎたまま次に臨むと、全部に触りたくなって商談が尋問になります。◎を2つ選び、残りは次回のタネとして取っておきます。
- 質問の件数は温度計。相手からの質問がゼロの商談は、よくて保留、まずいときはもう終わっています。1〜2件で様子見、3件を超えると動く商談が多い——というのが私の経験則です。このサンプルは1件で、まだ様子見の温度です。
拾った本音は「詰め」ずに「確認」に変える
道具19で拾った本音を、次回の商談で突きつけてはいけません。
×「前回、運用が2人で回らないので不安とおっしゃっていましたが、それで導入されるおつもりですか」
これは試されている印象の質問で、相手は防衛に入ります。拾った本音は、フォローメールの「確認」に変換します。やり方は簡単。前回保存してもらった、商談後にフォローメールの下書きを1通作る道具(3-2の道具17)の「このメールで確認したいこと」の欄に、道具19の◎を1つ入れるだけです。例えばこうなります。
一点だけ確認させてください。2名体制で運用するとした場合、最初の3ヶ月で一番負荷がかかるのは、データの移行と、その後の毎日の入力のどちらになりそうですか。
相手の言葉を「指摘」ではなく「前提」として扱い、具体的な作業の中身を聞く。返ってきた答えが、次回の提案の軸になります。
商談後のお礼メールと提案書の形を24時間以内に作る話は第14回で、提案書送付後の確認メールの話は第15回で書きました。今日の道具19の◎は、そのどちらのメールにも同じ形で乗せられます。前回のフォローメールが「聞き漏らしたこと」を確認する1通だったのに対し、道具19を通すと、同じ1通に「聞いたけれど読み切れなかったこと」も乗ります。「漏れを埋める1通」から「案件を前に進める1通」への転換は、まさにここで起きます。
道具20: 温度差スキャン — 2回分の議事録で変化を読む
「なんだか前回より温度が下がった気がする」。営業の勘はここで働きます。ただ、勘の正体を言葉にできる人は少なくて、言えないから先方にも確認できず、正体不明の不安を抱えたまま次の商談に入る。失注後に「温度が下がっていたんですね」と判明する商談の多くは、この言語化ができていません。
道具20は、同じ相手との商談2回分の議事録を貼ると、話題ごとに相手の発言がどう言い変わったかを並べる道具です。勘の正体を、原文と原文の並びで示します(保存3分、実行5分)。
道具20(コピーして、いつものAIに保存してください):
あなたは法人営業の商談分析の専門家です。同じ相手との商談2回分の議事録を、時系列で比較してください。
【1回目の議事録】
(ここに貼る)
【2回目の議事録】
(ここに貼る)
1. 予算・時期・決裁・競合・課題・現場の反応などの話題ごとに、相手の発言を突き合わせ、次の4点を見つけてください
- 前回前向きだったのに、今回曖昧または後退した発言
- 前回曖昧だったのに、今回前向きまたは具体になった発言
- 今回初めて出てきた固有名詞(人名・社名・システム名・部署名)
- 2回とも言われたまま、何も進んでいない話題
2. 次の表形式で出してください
| 話題 | 1回目の発言(原文のまま) | 2回目の発言(原文のまま) | 変化(後退/上昇/横ばい/新規) | 次に打つべき手(一文) |
3. 発言は原文から一字一句変えずに引用し、議事録に存在しない発言は作らないでください。推測には「推測」と明記してください。
4. 最後に「温度が最も下がった話題」を1つだけ特定し、次回の商談の入り方を2文で提案してください。
出力の例です。A様の1回目と、先ほどの2回目を比べると、こうなります。
- 予算: 1回目「予算は全然問題ないですよ」→ 2回目「このタイミングだと稟議が難しいかもです」/変化: 後退。先方の稟議が動く時期を確認し、導入開始日を逆算した提案図を作り直す
- 決裁: 1回目「私の判断で大丈夫ですよ」→ 2回目「上長にも共有しておきますね」/変化: 後退。次回の商談に上長の同席を提案する
- 現場: 1回目「現場が使いこなせるか怪しいですね」→ 2回目「毎週CSVを手で張り合わせてるんですよ」/変化: 上昇。現状作業を前提にした移行計画を提案に盛る
- 温度が最も下がった話題: 予算。次回の入り方は、「稟議が難しい」という発言を前提に、四半期をまたいだ予算が動く時期を確認し、開始日を逆算した提案図を先方に見せる、です。
勘でしかなかった「温度が下がった気がする」が、「予算の発言が『全然問題ない』から『稟議が難しいかも』に変わった」という、次の一手まで付いた事実に変わります。この結果を商談記録に貼って溜めておくと、受注・失注のときに「どこで読めたか、読み漏れたか」が振り返れます。使うのは2回目以降の商談の直後。1回目には使えないので、その日は道具19だけで結構です。
道具21: 1ヶ月のログから、自社の「本音辞書」をつくる
道具19の4分類(具体・接続・繰り返し・主語の消失)は、どの会社でも使える汎用の型です。ただ、同じ言い回しが何を意味するかは、商材と顧客層で変わります。建設業のご担当に「現場が忙しくて」と言われたとき、それが本気の断りなのか、導入後の不安の裏返しなのかは、あなたの会社の実績データにしかありません。
自社化の手順は3ステップです。
- ステップ1: 道具19を1ヶ月、商談のたびに回す。出力のうち「これは効いた」「これは外れた」があとで分かったものを、商談記録の末尾にコピーして溜める(1商談でたった1分)。
- ステップ2: 月末に溜めた検出ログを、辞書を作る道具に通す。「検出した発言とその後の結果」から、自社特有の要注意フレーズ辞書を出してくれる道具です。プロンプトの全文は書籍『商談をAIに鍛えさせろ』の3-3に掲載しています(所要15分)。
- ステップ3: 確定した行は「【要注意】相手が『……』と言ったら、……を確認する」という1文の形になるので、それを道具19のプロンプト末尾に「【自社の要注意フレーズ】」として貼り足す。以降の道具19は、汎用の4分類に加えて、あなたの会社の辞書も見て拾うようになります。
差し替えは急がなくて結構です。まず汎用の道具19を1ヶ月回す。同じフレーズが繰り返し効いたり外れたりしたら、その月に辞書づくりを1回やる。辞書は1年で10行も溜まれば、相当な営業資産です。
今日やること
- 1. 道具19を保存する(3分)。直近の商談の議事録を通す(2分)。出力の「発言(原文のまま)」が議事録に実在するか、目で照合して優先度◎を2つ選ぶ(5分)。
- 2. 選んだ◎を1つ、フォローメールの「確認したいこと」に入れて、1通作って今日のうちに送る(7分)。直近の商談がない日は、過去の商談を10分で思い出して手書きの議事録を作り、それで練習として1通仕上げる。
- 3. 同じ相手と2回以上商談した記録があるなら、道具20を保存して2回分の議事録を通す(保存3分+実行5分)。「温度が最も下がった話題」を1つ選び、次回の商談の入口で触れる一言を自分の言葉で1行書いて、商談記録に貼っておく。道具21はまだ作らなくてよい。1ヶ月のログが溜まってからです。
拾うだけなら、本音は商談を動かしません。拾った一言を確認の1行に変えたとき、初めて商談が動きます。スキャンを1回、照合を1回、メールを1通。今日のうちにここまで仕上げられれば、今日は合格です。
次回は第4章に入ります。商談の記録を「読む」側の道具が揃ったところで、次は商談を実際に動かす段取りの話を、引き続き『商談をAIに鍛えさせろ』の現場からお届けします。
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