提案の3層構造 — 「持ち帰って検討します」の正体は、手数の重さ。課題・証拠・手数で組み立て直す
私は営業15年目の速水拓真です。この連載では、営業の仕事の中にある「書ける作業」をAIに配って、商談に戻す時間を増やすやり方を、貼って動く道具の形で書いています(第30回:商談を「書ける作業」に分解する)。
提案書を提出して数日。返ってくるとき、決まって付いてくる言葉があります。
「持ち帰って検討します。」
この言葉を聞いた営業の多くは、値段を下げるか、機能の説明を足すかのどちらかで反応します。15年間で私も両方試しました。どちらも外れです。その瞬間に先方が頭の中で検討しているのは、製品の性能でも価格でもなく、こういう問いだからです。
「この先、自分たちの会社は、どれだけの作業を背負わされるのか。」
提案がこの問いに答えていないと、先方は答えを自分で作ります。そして、その答えは実際の手数(てすう)より必ず重くなります。検討が長引く商談の多くは、手数が見えないまま、先方が自分で重く見積もった結果です。
前回(第36回)は、商談の議事録から「ただ」の裏を読んで、フォローメールの1行に変える話を書きました(第36回:本音は「言い回し」に乗る)。商談で漏れた言葉を道具で拾い、確認の1行に替える。ここまでが第3章でした。今日からは第4章です。拾った言葉を、提案書に組み込みます。課題・証拠・手数の3層で提案を組み立て直すのが、この章の流れです。
なお、今回の元ネタは3冊目の著書『商談をAIに鍛えさせろ』(Amazon・読み放題対象)の4章1節です。
提案書が動くかどうかは、3層で決まる
提案書が何ページあろうと、先方の意思決定に使われる情報は、次の3層のどれかに収まります。
- 課題層: 先方が抱える問題の記述。先方の言葉(発言の引用)で書く
- 証拠層: その課題を解決できる根拠。導入前・導入後・期間の数字で書く
- 手数層: 導入のために先方が行う行動。工程と所要時間で書く
覚え方は「痛み・数字・手間」です。動く提案は、この3層がそろっています。動かない提案は、必ず次の3つの型のどれかに当てはまっています。
この記事では例として、勤怠管理システムを3拠点・80名の製造業に提案する場面で通していきます。
型1: 課題層が「自分の言葉」になっている
まず課題層の失敗型です。
- ×「勤怠業務の効率化をご支援します」
- ○「各拠点で集計の様式がバラバラで、月次の締めに3日かかる」(A様の発言より)
先方は、自分が使っていない言葉で自分の課題を言い直されると、自分の話だと認識しません。認識されない課題は、痛みとして再生されません。ですから課題層は、引用で成立させるのが一番です。
幸い、課題層のために新しい道具は要りません。第34回で作った商談の議事録から、課題に触れた発言を原文のまま引くだけで済みます(第34回:商談中のメモはほぼ書かなくてよくなる)。議事録から要確認の本音を、優先度付きで拾える道具(道具19)を使っていれば、◎の付いた発言が、提案の1行目の最有力になります。
商談で先方が口にした文を、言い換えず、要約せず、そのまま「」で入れる。課題層はこれだけで形になります。
型2: 証拠層が「形容詞」になっている
次に証拠層の失敗型です。
- ×「豊富な導入実績があります」
- ○ 同業種・同規模のB社: 締め3日→半日(導入2ヶ月後)
証拠に必要な数字は、導入前・導入後・期間の3点です。期間が抜けた「3日→半日」は、いつその状態に到達したのかが分からず、疑問だけを生みます。形容詞は反証できないぶん信頼されず、数字は反証できるぶん話が前へ進みます。
「豊富です」「速いです」と言う営業は、実は数字を持ち合わせていないだけのことが多い。持っていないなら、持っていないと認めて、あとで埋めればいい話です。この直し方には道具がありますので、後で出します。
型3: 手数層が「不在」である
そして、一番大きいのが手数層の失敗型です。
- ×「簡単に導入できます」
- ○「導入で御社にお願いするのは、ご決裁、ご契約のご確認、周知のご承認の3点。御社の社内作業は合計2時間。設定・移行・研修・周知の文面は弊社で行います」
「簡単です」は、工程を見せない言葉です。先方は、見せていないぶんを重く見積もります。先方が恐れているのは、導入後に自分の部署へ降ってくる見えない作業です。その正体を数字で見せて小さくする。それが手数層の役割です。
ここで一つ、不思議な事実があります。営業研修で扱われるのは、ほぼ課題と証拠です。手数は誰も教えません。理由は単純で、製品資料を作るのはメーカーの製品部門であり、製品部門は先方の社内作業を知らないからです。手数層は、現場の営業が自分で作るしかない層です。そして、商談を動かすのもこの層です。ここを、これからAIで作ります。
道具22: 提案3層スキャナー — 欠けた層を2分で見つける
まず、手持ちの提案を診断します。道具22は、提案文を貼ると3層それぞれに評点を付け(A: 十分/B: 薄い/C: 欠落)、最優先で直す層を1つ指摘します。プロンプトの中身の理屈は読まなくて構いません。貼って、表を見る。それで使えます。
あなたは法人営業の提案レビュー担当です。私が貼る提案文を、以下の3層で診断してください。
# 3層の定義
- 課題層: 先方が抱える問題の記述。先方の発言の引用(原文)で書かれているか
- 証拠層: 問題を解決できる根拠。導入前・導入後・期間の数字を含むか
- 手数層: 導入に先方が行う行動。工程の数と所要時間が示されているか
# 診断ルール
- 書かれていない層は「C(欠落)」とする
- 「簡単」「スムーズ」「安心サポート」など、工程が見えない言葉は手数層に含めない
- 「豊富」「高評価」などの形容詞は証拠層に含めない
- 数字や事例を推測で作らない。不足しているときは「ここに数字が必要」と指摘するだけ
# 出力形式
1. 表: | 層 | 評点(A: 十分/B: 薄い/C: 欠落) | 根拠となる該当箇所の引用 |
2. B・Cが付いた層ごとの補強案(課題層は先方の発言に置き換えた例文、証拠層は必要な数字の種類、手数層は書くべき工程の見当)
3. 最優先で直すべき1層と、理由(2行以内)
【提案文】
(ここに貼る)
手順は3つだけです。
- 道具22を保存する(3分)
- 直近で提出した提案書の本文を貼る。提案書がなければ、見積書を送ったメールの文面か、口頭で説明した内容を箇条書きにしたもので代用する(準備3分+実行2分)
- 表でCの付いた層を1つ確かめる。3層全部がB以下のときは、手数層から直す
提案書は「書く」より先に「直す」発想が要る、という話は以前に別の角度で書きました(第5回:提案書を「書く」から「直す」へ)。
私が社内の提案書でこの診断を試したところ、手数層にCが付いたのは8割でした。書いた営業が悪いのではありません。「課題→解決策→実績→価格」で終わる市販の提案テンプレートに、手数層が最初から入っていないためです。テンプレートが持っていない層は、自分で足すまで欠けたままです。
診断は1回で足りる、という点も大事です。評点Aを3つ取ることが目的ではなく、商談を動かす層を1つ直すことが目的です。
道具23: 手数リスト生成機 — 先方の作業を数えて、3つまで削る
Cが付いた手数層を作ります。道具23は、製品名と先方の状況を入れると、契約締結から運用開始までの全工程を「先方/弊社」の分担付きで洗い出し、代行案まで出してくれます。
あなたは法人営業の導入支援担当です。次の情報から、契約締結から運用の定着までに先方で発生する作業を、漏れなく表にしてください。
# 入力
- 製品・サービス名:
- 提供内容の概要(1〜3行):
- 先方の状況(部署、人数、今のやり方):
- 導入に関係しそうな作業として私が知っているもの(契約手続き、セキュリティ確認、法務確認、データ移行、利用部門への周知、初期設定、研修など、分かる範囲で):
# 出力形式
1. 表: | 工程 | 内容 | 担当(先方/弊社/共同) | 所要時間の目安 | 弊社での代行(可/否/条件付き) |
2. 先方の工程だけを抜き出した短縮版リスト(工程名と所要時間)
3. 先方の工程を3つ以内に減らす代行案3つ(「〜は弊社で行います」と先方に伝える文の形で)
# ルール
- 先方の作業には、決裁、内部説明、契約書確認、セキュリティ回答、データ準備、周知、研修出席まで含める
- 所要時間が不明な工程は「要確認」と書き、見当(例: 法務確認は通常1〜2週間)を隣に添える
- 存在するか分からない工程は、工程名の先頭に「?」を付ける
- 工程と所要時間は断定せず、初稿の見当として出す
勤怠管理システムの例なら、道具23はこんな答えを返します(抜粋。1行が1工程です)。
- 稟議の起案と決裁 — 担当: 先方/目安: 起案30分・承認まで1〜2週間/代行: 不可
- 契約書の法務確認 — 担当: 先方/目安: 1時間/代行: 条件付き(修正案を弊社が先に提示)
- セキュリティ確認への回答 — 担当: 共同/目安: 回答案は弊社が作成・先方の確認15分/代行: 可
- 利用部門への周知 — 担当: 先方/目安: 15分/代行: 可(案文を弊社が作成)
- 初期設定とデータ移行 — 担当: 弊社/目安: 3営業日/代行: 可
- 管理者研修 — 担当: 共同/目安: 1時間/代行: 可(開催運営は弊社)
出力の読み方には、コツが1つだけあります。「担当」で「先方」と書かれた行を数えることです。その行数が、先方に背負わせる手数の総数です。
勤怠管理の例なら、先方の単独行は「稟議」「法務確認」「周知」の3つです。ここまで削れたら、提案書の手数層の一文が決まります。
「導入で御社にお願いするのは、ご決裁、ご契約のご確認、周知のご承認の3点です。御社の社内作業は合計2時間。設定、移行、研修、周知の文面は弊社で行います。」
工程の数(3つ)と時間の合計(2時間)は、必ずセットで書きます。合計時間は工程数より先に目に入り、工程数が合計の中身を保証します。値下げをしなくても、この一文は値下げと同じ方向に働きます。
運用の目安を2つ置いておきます。
- 先方の単独行が5つを超えたら、代行案から1つ以上引き取って、3つ以内まで減らす
- 0にする必要はない。全部を代行すると、先方は「自社で責任を持つ工程が消える」ことを逆に不安がります。3つ残すのが安定です
なお、道具23が出す所要時間はAIの見当です。自社に導入の実績があれば、実際の数字に差し替えてください。差し替えが1回済んだ表は、以後そのまま自社の資産として使い回せます。
道具24: 証拠の3点セット整形機 — 形容詞を数字に置き換える
証拠層にBかCが付いた人向けの道具です。道具24は、手元の実績や事例を「導入前→導入後(期間)」の1行形式に整形します。材料はメモ書きの断片で構いません。
あなたは法人営業の資料整形担当です。私が出す実績と事例を「導入前→導入後(期間)」の3点セットに整形してください。
# ルール
- 数字のない項目は「[数字を入れる: 導入前/導入後/期間のどれか]」の形で残し、事実を推測して埋めない
- 「豊富」「速い」「高い」などの形容詞は、必要な数字の種類を指す指示に置き換える
- 1つの証拠は「導入前→導入後(期間、社名または業種)」の1行にまとめる
- 先方の課題に近い証拠から順に並べる
- 材料から読み取れないことは書かない
# 入力
- 先方の課題(議事録からの引用):
- 手元の実績・事例(断片でよい):
# 出力
1. 3点セット化した証拠(数字が揃ったものだけ)
2. 「[数字を入れる]」の一覧(必要な数字の種類と、調べる場所の見当: 過去の導入記録、保守ログ、担当営業、見積書など)
3. 3点セットにできない材料には、使わない方がよい理由を1行で付ける
出力の特徴は、数字のない箇所が「[数字を入れる]」として残ることです。プロンプトで推測を禁じているため、AIは数字を作りません。代わりに、どの数字をどこで調べるかの一覧を返してきます。
この「[数字を入れる]」を埋める作業そのものが、営業の実力です。埋まった証拠は、「豊富な実績」という自己紹介から、「締め3日→半日(導入2ヶ月後、同業種のB社)」という、先方が自分の現在値と比べられる材料に変わります。
3つ全部を埋めようとしなくてよい、という点も重要です。証拠は1個で証拠になります。まず1つ埋めて提案書の証拠層に置き、残りは商談ごとに1個ずつ埋めていきます。
なお、提案書を速く仕上げること自体は、商談後24時間の同時下書きに任せる話を以前に書きました(第14回:お礼メールと提案書を同時に下書きする)。速さはそちらに任せて、今日は中身の組み立てに集中してください。
3層を1枚に並べる — 順番は「課題→証拠→手数」で固定
3層がそろったら、提案書の1枚目は次の順番と面積で組みます。
- 課題層(3行以内): 議事録から引いた先方の発言の引用。「」で囲み、要約も言い換えもしない
- 証拠層(3行程度): 3点セットを最大3個。課題に一番近いものを上に置く
- 手数層(ページの半分): 工程表。先方の行は太字にし、末尾に工程数と合計時間の1行を置く
手数を最後に置く理由は、比べる相手にあります。課題の痛みを読み直してもらった直後に、手間の小ささを見せると、手間は痛みと比べて小さく感じられます。逆に手間から入ると、比べるものがなく、手間だけが印象に残ります。
口頭で説明の時間が3分しかないときは、各層を1行に圧縮した「1分バージョン」で話します。
「御社は月次の締めに3日かかっている(課題)。同じ課題を持つB社は、導入2ヶ月後に半日になりました(証拠)。導入で御社にお願いするのは、ご決裁、ご契約のご確認、周知のご承認の3点。社内作業は合計2時間です(手数)。」
3行です。ここまで言えれば、残りの時間は先方の質問に回せます。言葉・数字・工程がそろった3層は、この後、1枚目の資料化をAIにそのまま任せられます。それは次回の話です。
今日やること
- 道具22を保存する(3分)。直近で提出した提案書の本文を貼って診断する(実行2分)。提案書がなければ、見積書を送ったメールの文面でよい。Cが付いた層を1つ確かめるまでが今日の範囲です。
- 手数層にBかCが付いたら、道具23を保存して実行する(保存3分+入力5分+実行3分)。「先方」の行数を数え、5つを超えていれば代行案を1つ選び、「ここは弊社で行います」の1行を自分の言葉で書き足す。
- 証拠層にBかCが付いたら、道具24を保存して実行する(保存3分+実行3分)。出力の「[数字を入れる]」を1つだけ調べて埋める。2つ目以降は今日はやりません。
課題と証拠は提案を信じさせる層で、手数は提案を動かす層です。診断を1回、手数の表を1枚、数字を1つ。ここまで終われば、今日は合格です。
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📗 シリーズ全3冊: 営業の仕事をAIに任せろ ・ 見込み客をAIに探させろ ・ 商談をAIに鍛えさせろ