競合比較の一枚 — 比べられたときの答えの用意(道具37〜39)
私は営業15年目の速水拓真です。前回の値引き要求への備え — 引く幅を商談前に決めるでは、「1割引いてください」と引かれた直後の数分を鍛えました。今日は、その隣にいる別の出来事です。値段ではなく、評価そのものを比べられたときに、どう返すかの話です。
商談でこう言われたら、あなたは30秒で何を返しますか。
「実はですね、御社ともう1社で迷ってまして。あちらは、月16万円なんですよね」
こちらが月28万円なら、差は月12万円、3年で432万円です。この432万円の説明を、比較の一言を聞いたあとの即興で商談室で組み立てるのは、どんな営業にも無理です。前回決めた値引きの下限は、ここでは効きません。値段への攻撃ではなく、評価そのものへの攻撃だからです。
書籍『商談をAIに鍛えさせろ』の5章も、今日で最後の節です。用意する道具は3つ。先方が持ってくる比較表を自席で先に作る「競合比較カード」(道具37)、3つの場面それぞれの最初の1文と次の2問を用意させる「手順書」(道具38)、そして厳しい部長役とのシミュレーション(道具39)です。
先方は、もう表を持って商談室に来ている
まず、買い手側の席に座ってみます。従業員300名の会社が月28万円のシステムを買うなら、どこかの担当者は必ずエクセルの比較表を作っています。行は月額、機能、導入期間、サポート、実績など5〜8行。列は候補2〜3社。この表は、あなたが商談室に入る前に出来上がっています。初回訪問から提案商談までのあいだに表は更新され、自社の列に先方の誰かのコメントが書き込まれています。あなたは表を見ていませんが、表はあなたを見ています。
実務で比較が来る形は、3つです。
- 場面1:表を突きつけられる。 商談の中盤、先方がエクセルをこちらへ向けて「いま、こういう形で整理しています」。表の自社列には不利な数字が並びます。しかも、その数字は往々にして間違っています。競合の見積書やパンフレットの受け売りだからです。
- 場面2:口だけの比較。 「御社ともう1社で、迷っているんですよね」。表は出しません。この言葉の半分は本気で、半分は値段を引き出すためのカードです。どちらかを見分けるすべは、こちらにありません。
- 場面3:決裁者の一撃。 役員を連れてきた商談で、「うちは、なぜ御社でなければならないんですか」。ここまで進んだ案件で、この質問に根拠をもって30秒で答えられなければ、案件は静かに終わります。
準備のできていない営業は、この3場面でほぼ必ず、次の3つの悪手のどれかを打ちます。
- その場の値引き。 月12万円差を比較の一声で「では特別に」と応じるのは、前回決めた下限を自分で破る行為です。さらに悪いことに、比較に値引きで応じたこと自体が先方の学習になります。「比較と言えば安くなる」と先方が覚えれば、翌年度から比較は初期要求に変わります。
- 競合の中傷。 「あの会社は近いうちに値上げしますよ」。先方は競合からも同じ営業を受けています。あなたが商談室で競合について言った一言は、次の週には競合の商談室で言われていると考えてください。
- 根拠のない一文。 「うちは総合力で勝っています」。先方はこれをメモに取れません。役員会で使えない答えは、答えではありません。
ここで1つ、事実を押さえておきます。比較は止められません。 比較は買い手の正当な仕事で、止めさせようとする営業はまず信頼を失います。こちらにできるのは2つだけです。先方と同じ表を、自席で先に作っておくこと。そして商談室で、表の行の重みを確認すること。比較に勝つ必要はありません。比較されても、決めてもらえればいいのです。
道具37:競合比較カード — 相手が持ってくる表を先に作る
道具37は、先方が商談室に持ってくるであろう比較表を、自席で先に作ってしまう道具です。入力は5分。プロンプトをコピーして( )内を埋め、生成AIに貼るだけです。仕組みは理解しなくて結構です。黒箱のままで、出力だけを使います。
道具37(コピーして、( )を埋めて送る):
あなたは法人営業の競合分析の専門家です。以下の情報から「競合比較カード」を1枚作ってください。
【自社】
製品・サービス名:(例:営業支援クラウド)
強み:3つ。できるだけ数字を付けて
弱み:2つ。正直に書いて
定価:(例:月額28万円/300名)
【競合】1〜3社分、同じ形式で
名前:(略称で可)
価格:(わかれば。わからなければ「不明」と書く)
強み:2つ
弱み:2つ(推測の場合は「推測」と明示する)
【買い手】
業種・規模:(例:食品メーカー・従業員300名)
評価軸として挙がっている項目:(例:月額、使いやすさ、導入期間、帳票、サポート、実績)
決裁の方法:(例:役員会で年間予算の承認)
【出力の指定】
1. 比較表:評価軸を最左列、自社と競合を横に並べ、◎○△×で判定。自社に不利な行は消さないこと
2. 表の下に「自社が勝つ軸」「自社が負ける軸」を各1行
3. 負ける軸ごとに、答えの文を3案。各40字以内。競合の否定と値引きを含めないこと
4. この表を見た買い手が次に発する質問を3つ、そのままの口調で
5. 最後に「この案件で自社が負ける条件」を1行
6. 入力にない競合の情報は、推測で埋めず「不明」または「要確認」と出すこと。実在の企業名から情報を勝手に補わないこと
出力は5ブロックで返ります。①評価軸と◎○△×の比較表、②「自社が勝つ軸」と「自社が負ける軸」の各1行、③負ける軸ごとの答えの文3案(各40字以内)、④先方が次に発する質問3つ、⑤最後に「この案件で自社が負ける条件」の1行です。
たとえば食品メーカー(従業員300名・月額28万円)の案件で、競合2社(月23万円の大手パッケージA社、月16万円のベンチャーSaaS B社)を入れると、比較表はこう返ってきます。
- 月額:自社△ / A社○ / B社◎
- 使いやすさ:自社◎ / A社△ / B社○
- 導入期間:自社○(6週間)/ A社△(6か月)/ B社◎(2週間)
- 帳票出力:自社◎ / A社◎ / B社×
- サポート:自社◎(専任1名)/ A社○ / B社△(メールのみ)
- 食品業界の実績:自社◎(12社)/ A社○(2社)/ B社×
表の下には、「勝つ軸:使いやすさ、帳票、サポート、食品業界の実績」「負ける軸:月額(最大12万円差)」、そして「負ける条件:役員会で「月額」だけが重い軸になった場合。価格しか見ない決裁なら、この案件は降りる」の1行が続きます。
この最後の1行が、道具37の肝です。比較表は「全行で勝つ」ためのものではありません。月額で勝てない案件はあります。そのときの作戦は、「別の軸に重みを持たせる」か「降りる」の2択です。この線引きを自席で済ませておけば、商談室で無理な値切りに流されずに済みます。
負ける軸(月額)への答えの3案は、たとえばこう返ってきます。
- 「差額は年間144万円ですね。役員会で一番重いのは、月額ですか、使ってもらえるかですか」
- 「3年の総額で見れば、導入支援込みの差はここまで縮まります。トータルで比べませんか」
- 「16万円は初年度価格のことが多いのですが、3年目の更新価格はご確認されていますか」
3案目には注意が必要です。AIは、入力にない競合の契約条件を「それっぽく」書きます。3案目はそのまま断定で読まず、確認の質問として使ってください。質問として先方に投げるぶんには、見当違いでも失礼になりません。断定で読んで外れたら、信頼を失います。
もう1つ、最も重要な注意です。「導入6週間」「食品業界12社」のような数字は、AIがそれっぽく出したものです。表の数字は全行、自社の一次情報(導入実績一覧、契約書類、パンフレット)に突き合わせて、間違っていれば直します。5分の作業です。商談中に飛び出した数字と条件も一次情報の仲間です。記憶よりも、商談の文字起こしの議事録に残っているほうが、翌日の訂正作業は速く終わります。この5分を飛ばすと、正しい数字を先方の誰かが知っていたとき、表ごと信頼を失います。AIの数字は、あくまで「確認すべき行の洗い出し」です。
道具38:比較3場面の手順書 — 最初の1文と次の2問
表と答えの材料は道具37で出ました。次に、3場面それぞれの受け答えの手順を作ります。道具38は、道具37の出力を同じ画面に続けて貼ったうえで、次のプロンプトを送ります。
道具38(道具37の出力を貼った画面で、そのまま送る):
あなたは法人営業の商談コーチです。先ほどの競合比較カードの内容を使い、次の3場面それぞれの受け答え手順を作ってください。
場面1:商談の中盤、買い手が自社に不利な比較表を机の上に出してきた
場面2:「御社ともう1社で迷っている」と、表を出さずに口だけで言ってきた
場面3:決裁役の役員に「なぜ御社でなければならないのか」と聞かれた
【各場面の出力】
1. 相手の発言例:1文、きつい口調で
2. 最初に返す1文:40字以内。値引きと競合の否定を含めない。相手を止めない文にする
3. その次に尋ねる質問:2つ。1つは表の数字の出所確認、1つは評価軸の重みの確認
4. 相手が「うちの基準は月額だ」と引かない場合の、次の1手
5. この場面で絶対にやってはいけないこと:1つ
出力のうち、本番でそのまま使うのは「最初に返す1文」だけです。第40回の値段を言う台本と同じ流儀で、この1文を音読3回します。
場面1(表を出された)の最初の1文には、たとえばこう返ってきます。
「ありがとうございます。ここまで整理していただけるお客さまは、そう多くありません。一緒に見ていきましょう」
この文の役割は、1つだけです。先方は、比較表を出すことに少なからず後ろめたさを持っています。「これを出したら失礼かな」と思いながら出す人が多い。だから、表を歓迎する営業の前では先方は肩の力を抜き、表を警戒する営業の前では守りに入ります。最初の1文は、場をこちらに引き寄せる役目だけにします。ここで言い訳と説明を始めると、先方の後ろめたさは一瞬で消え、先方は表の正統性を守る側に回ります。
その次の2問が本丸です。
- 1問目は、表の数字の出所確認。 「ここに導入6か月とありますが、これはどちらの資料の数字でしょう」。先方の表の自社列は、競合のパンフレットの受け売りのことが多く、数字が古いか、もともと間違っています。間違いは攻撃しません。前提の確認として直します。「これは6週間です。資料をお出しします」。1行訂正するたびに、表の自社列はこちらに傾きます。
- 2問目は、重みの確認。 「表の項目のうち、役員会で一番重いのはどれですか。次は?」。先方は表を作っていても、行ごとの重み付けまではしていないことがほとんどです。重みを口に出させた側が、このあとの話の順番を決められます。月額が重いなら道具37の1案目を出す。別の行が重いなら、その行から話す。この2問で、「比較されても決めてもらう」流れができます。
場面2(口だけの比較)の最初の1文は、競合の名前を聞きません。「ありがとうございます。条件がそれだけ拮抗しているということですね。もう1社の、どこが良く見えていますか」。名前を聞くと先方は警戒しますが、「どこが魅力か」なら答えやすい。答えが道具37の表にない行だったら、その行を足してもう1回道具37を回します。表が育ったぶん、次の商談の守りが固まります。
場面3(決裁者の一撃)の最初の1文には、具体数字を1つ入れます。30秒で言い切れる長さまで削ってから、音読3回です。想定質問と返しを前日に用意する作り方は、第39回の反論の先読みと同じです。威力の高い一撃ほど、即興でなく用意しておく価値が大きくなります。
道具39:厳しい部長役ドリル — 表を突きつけられて80点を取る
道具36と同じ形式で、比較版のドリルを作ります。AIに「競合で迷っている厳しい営業部長」を演じさせ、あなたの受け答えを採点させます。
道具39(食品メーカーの例のまま送る):
あなたは食品メーカー(従業員300名)の営業部長です。次の設定で、私とのロールプレイ商談をしてください。
【あなたの設定】
- 営業支援クラウドの導入で、私の会社(月額28万円)と、月額16万円のベンチャーSaaSの2社で迷っている
- 予算の上限は月20万円。決裁には役員会の承認がいる
- 数字に強く、営業トークには冷たい
- 商談の中盤で、私に不利な比較表(月額・帳票・サポート・実績)を机に出す
【ルール】
1. 私が「商談開始」と送ったら、部長として返答を始めてください
2. 返答は毎回3文以内
3. 私の答えがぼやけていたら、そのまま鋭く突っ込んでください
4. 中盤で比較表を出し、私の対応を見て、もう1度だけ鋭く質問を重ねてください
5. 5往復で終了。100点満点で採点し、弱点を2行で添削してください
6. 40点未満なら「不合格」、80点を超えたら「合格」と最後に表示してください
1回は5分で終わります。40点未満なら、AIが最後に書く弱点の2行を読んで、もう1回回します。弱点は、実務で商談を落とす原因とほぼ一致します。多いのが「月額を突かれて値引きで返した」「重みの確認の質問を飛ばした」の2つです。
合格の目安は、「表を出されても、値引きと競合の否定のどちらにも動かず、重みの確認に持ち込めている」状態です。80点を超えたら、道具37の比較カードと道具38の手順書を、第40回の値段の台本の後ろに挟んで、本番に持っていきます。
表は見せるな、答えだけ持って入れ
道具が3つそろったので、商談室での運用ルールを決めておきます。
原則は「表は見せるな、答えだけ持って入れ」です。比較カードは、あなたの頭に答えを入れるための道具であって、配布資料ではありません。こちらから表を開くと、先方は上の行から順に確認を求めてきます。1行ずつ説明を求められる展開は、先方の土俵で戦うのと同じです。
例外が1つあります。先方が先に表を開いたときです。そのときは、こちらの表を出しても構いません。ただし条件が1つあります。自社に不利な行を消していないこと。 不利な行を削った表は、先方が後日、競合から同じ指摘を聞いたときに致命傷になります。不利な行は残し、その行の答え(道具37の3案から選んだ1文)を口頭で添えます。表を先方に置く場合は、数字を訂正済みの表に限ります。
禁じ手は3つです。競合の中傷。比較を口実にしたその場の値引き(前回の下限を破ります)。そして、実績と導入期間の嘘の数字。AIは、この3つに当たる文を「よさそうな文」として出すことがあります。出力の文は、音読の前に1回読み直し、禁じ手に当たる文は捨ててください。
今日やること
- 道具37を保存する(3分)。次の提案商談1件について、競合1社の名前・価格・評価軸を入れてカードを出す(実行10分)。価格の不明な行は「不明」のまま走らせます。出力の数字は全行、自社の一次情報で直す。商談予定がなければ、食品メーカーの例(月額28万円と16万円)で形を1回見る
- 道具38を保存する(3分)。3場面の手順書を出し、場面2の「最初に返す1文」を音読3回する(実行10分)
- 道具39を保存する(3分)。ドリルを1回やる(実行10分)。40点未満なら、添削の2行を読んでもう1回。80点を超えたら、比較カードと手順書を値段の台本の後ろに挟んで本番に持っていく
今日は合格です。
🎁 読者特典3点セット(無料)
- ① 提案書3層プロンプト — 40分で6枚の提案書を出す、貼って動く完全版
- ② 調査カード3分プロンプト — 1社30分の企業調査を3分に(5社まとめ処理つき)
- ③ 商談前メモ5箱テンプレート — 商談5分前に読める1枚(AI整形プロンプト+記入例つき)
メールアドレスだけの登録で3点すべてすぐ受け取れます(解除はいつでも)。
→ 読者特典3点セットを受け取る(無料)
📗 シリーズ全3冊: 営業の仕事をAIに任せろ ・ 見込み客をAIに探させろ ・ 商談をAIに鍛えさせろ