速水拓真 営業×AI 実践シリーズ
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値引き要求への備え — 引く幅を商談前に決める(道具34〜36)

私は営業15年目の速水拓真です。

前回は「値段を言う台本」の話でした(第40回)。金額を言う数十秒を、前の言葉と後の言葉で固めて https://takumahayami.hatenablog.com/entry/2026/10/17/100258。ところが台本を用意しても、商談の最後に必ず一言が飛んできます。「今日決めるなら、1割引いてくれませんか」。今回はこの「引かれた直後の数分」を、商談室ではなく自席で固めておく話です。連載の元になっている書籍『商談をAIに鍛えさせろ』の5-2を元にしています。

値引きの失敗は、交渉が下手だからではない

この一言を商談室で浴びた瞬間、頭の中から金額の計算が消えます。「断ったら今日決めてもらえない」「他社に流れるのでは」「いま上長に電話すべきか」。こうして数分考えた末に出した結論が、結果としていちばん高い結論になる。値引きの失敗の多くは交渉力のせいではなく、判断を商談室の中で下したせいで起きます。

その前に押さえたい事実があります。値引き要求は、買う気のある顧客しか言いません。冷やかしは値段すら聞きません。値引きを要求された商談は、完了に一番近い商談です。だからこそ、その数分を場当たりで棒に振るのはもったいない。

次に、値引きをどう見なすかです。値引きは「値段を下げる行為」ではなく、利益を渡す行為です。粗利(売上から原価を引いた後に手元に残るお金)30%で提供しているサービスなら、定価の10%引きは粗利の3分の1を手放すのと同じ計算です。

前回から使っている食品メーカーの例(月額28万円・300名)で数えてみます。

  • 1割引きは月2万8,000円
  • 年で33万6,000円
  • 2年契約なら67万2,000円

この67万円を渡すか渡さないかを、商談室の数分間で決めているとしたら、その判断は商談室でやるべき仕事ではありません。方針は1つです。下限・刻み・引き換えの3つの数字を自席で決め、商談室では読むだけにする。

事前に決める数字は3つ — 下限・刻み・引き換え

下限 — 絶対に割らない額

下限は「これを割ったら、受注しても採算が合わない」額です。例では月額26万6,000円(定価の95%)と置きます。決め方には2つの材料を使います。

1つは利益からの逆算です。粗利30%の商材で値引き10%は粗利の3分の1にあたります。獲得までにかけた訪問回数×人件費を足し、これを割ったら合わない線を、感覚ではなく自社の粗利率から出します。

もう1つは決裁ラインとのすり合わせです。「値引き何%までは現場裁量、超えたら上長の決裁」という線は、たいていの会社にどこか持っています。下限は「自分が独断で切れる額」と「稟議(社内の承認手続き)で通りそうな額」の低い方に置きます。そして商談前に、上長から「ここまでは自分で切っていい」という一言をもらっておく。実はこの一言の獲得が、準備の中で一番効きます。商談室で「確認してきます」と言わずに済むからです。

「判断を商談の外に移す」というこの発想は、第16回「商談が始まる前の5分で決めていること」の商談前の準備と同じ仲間です(第16回: 商談前5分で決めること)。

刻み — 2%→1%の2段階。3回目はない

一気に引くと、先方は「まだ引ける」と読みます。引き幅は小さく、回数は事前に決めて切ります。

  • 1回目:2%引き。28万円から5,600円引き、27万4,400円
  • 2回目:1%引き。さらに2,800円引き、27万1,600円
  • 3回目:ない。「これが弊社の限界です」で止める

刻みが小さくなること自体が、「底に近い」という合図になります。2回で計3%。下限の26万6,000円まではまだ2%の余裕がありますが、この2%は普段の商談では使いません。「奥の財布」です。解禁条件まで決めておきます。2年契約や前払いなど、金額以上に重い対価を先方から出してきたときだけ崩す、と。奥の財布は商談室で思い付きで開けてはいけない金額です。

引き換え — 値引き1回に1つ、対価をもらう

値引きは「引いて終わり」にせず、交換で行います。対価の候補を事前に3つ以上書き出しておきます。

  • 契約期間の長期化(1年→2年)
  • 支払サイトの短縮(翌月末→当月末)
  • 導入事例としての社名公表
  • 見込み客の紹介1社

ルールは1つだけ。対価ゼロの値引きは1回も出さない。先方が対価を出さないまま要求を重ねてきたら、値引きの話から下限の説明に切り替えます。そのとき下限は、金額の理由ではなく先方が受け取る価値の理由で語ります。「26万6,000円を下回ると、300名ぶんのサポート体制が維持できません。そこは守らせてください」。

値段でなく価値の理由で語る、という話は、第37回の提案の3層構造(課題・証拠・手数)と同じ土俵です。断るときこそ、その層を使います。

道具34: 値引き対応カード — 3つの数字を1枚に固める

3つの数字を頭に入れて商談室に入っても、緊張で出てこない人は少なくありません。道具34は、定価・下限・刻み・引き換えを入力すると、想定される要求への返しをA4一枚にまとめる道具です。いつものAIチャットに貼る指示文(プロンプト)の中の【】を、自分の商談の数字に置き換えて実行します。動きの仕組みは理解しなくてかまいません。出てきた1枚を印刷して持参する、それだけの道具です。

道具34プロンプト(このままコピーして使います)

あなたは法人営業の価格交渉コーチです。次の情報から、商談に持っていく「値引き対応カード」をA4一枚分で作ってください。

【定価】月額28万円(300名)
【下限】月額26万6,000円(これを下回ったら受注しない)
【刻み】1回目2%、2回目1%、3回目はない
【引き換えリスト】契約2年、支払サイト短縮、社名での事例公表、紹介1社

カードには次をすべて入れてください。
1. 早見表:定価、1回目後の月額、2回目後の月額、下限
2. 「3%引いて」への返し(1文)
3. 「1割引いて」への返し(1文)
4. 「2割引いて」への返し(1文。下限を理由に断り、話を代替案に移す文)
5. 「他社の方が安い」への返し(1文)
6. 値引きを出すとき必ず同じ文で言う、対価の文言(1文)
7. 先方が沈黙したとき、こちらから次の話を切り出す1文

返しは謝罪から始めない断定形で。「検討します」を含めないこと。各35字以内で、商談室でそのまま読んで通じる文にしてください。

出てくるのは「3%」「1割」「2割」「他社比較」「沈黙」への返しが並んだ1枚です。返しが長すぎたら「各返しを35字以内に縮めて」と1回だけ打ち直します。使い方は3つです。

  1. 商談前に一度だけ音読する
  2. 印刷して、前回の値段台本(道具32)の直後に挟んで持参する
  3. 商談室では読んでよい。机上に出して読むのは恥ずかしくない。その場で考えるよりよほど正確です

下限を割る要求は「値引きの問題」にしない

食品メーカーの例で、枠外の要求が来たとします。「来年度の予算が月22万円で確定している」。下限より4万6,000円低い。ここでやりがちな失敗は2つ。枠を無視して22万円に合わせること。そして「無理です」で返して終わること。

正解は第3の道です。値段を下げずに「22万円で買える形」を作って提案します。方向は3つしかありません。

  1. 量を減らす:下限単価886円で22万円に収まるのは247名ぶん。残り53名は3ヶ月後に追加導入
  2. 時期をずらす:100名で半年スタートし、予算のつく四半期に200名を追加
  3. 内容を変える:オプションを外して本体のみにする。あるいは前回の3段階案(道具33・金額別に受け皿を3つ並べた提案)の下のプランに移ってもらう

3案とも単価は守れています。単価を守ると、追加導入・更新・紹介がいまの値段のまま続きます。ここで単価を下げると、先方との今後のすべての取引が22万円から始まります。

道具35: 単価を守る代替案を3案作る

道具35は、定価・下限単価・相手の要求額・相手の事情を入れると、上の3方向の代替案を「条件の数字」と「顧客に伝える1文」付きで出す道具です。

道具35プロンプト(このままコピーして使います)

あなたは法人営業の価格交渉コーチです。次の状況で、単価を下げずに顧客の予算に近づける代替案を3案作ってください。

【定価】月額28万円(300名、1名933円)
【下限単価】1名886円(月額26万6,000円)
【相手の要求額】月額22万円
【相手の事情】来年度の予算が月22万円で確定している

3案は「量を減らす」「時期をずらす」「内容を変える」の別々の方向にしてください。各案には次を入れてください。
1. 案の名前
2. 条件の数字(名数・期間・追加時期など)
3. 顧客に伝える1文(35字以内)
4. この案のリスク1つと、リスクを防ぐ一言

単価を下げる案は作らないこと。契約期間と支払条件は動かしてよいものとします。

3案から、自分が一番言いやすい1案だけ選び、その1文を音読3回して口に入れます。商談室で先に言うのは1案だけ。残り2案は、先方がその案を嫌がったときに順番に取り出す控えです。3案いっぺんに並べると、先方は一番安い形だけを選びにきます。

道具36: 値切りドリル — カードの文言を口に入れる

カードと代替案を机に置いただけでは、商談室では出てきません。第39回で作った道具30の模擬尋問(音声入力でAIが顧客役を演じ、返しを採点する練習道具)は、値段を言う数十秒を練習する道具でした https://takumahayami.hatenablog.com/entry/2026/10/16/100211。値引きの引き合いは数十秒では終わらないので、引き合い専用の道具を足します。道具36は、値引きを重ねて要求する顧客をAIが演じ、あなたの返しを5項目で採点するドリルです。

道具36プロンプト(このままコピーして使います)

あなたは値引き交渉の練習相手です。次の設定で、値引きを要求し続ける顧客を演じてください。

【顧客】食品メーカーの調達担当部長
【定価】月額28万円(300名)
【私(営業)の条件】下限26万6,000円、刻みは2%→1%の2回まで、引き換えは2年契約か紹介1社

演技のルール
- 雑談なしに「今日決めるなら1割引いてくれませんか」から始める
- 私が対価を提示したら条件を確認し、少しずつ前向きになる
- 私が対価なしで値引きしたら、さらに重ねて要求する(1割5分、2割)
- 私が下限を割る額を出したら「それでください」と即決する
- 1往復ずつやり取りし、私の次の発言を待つ

私が「終了」と打ったら演技をやめ、次を各10点で採点してください。
1. 値引きに対価を付けられたか
2. 刻み2%→1%を守ったか
3. 値引きは2回以下だったか
4. 下限を割る受注をしていないか
5. 返しが謝罪や「検討します」で始まっていないか
減点理由と、次に使うべき返しの文を各項目に1つ添えてください。

採点は各10点、50点満点です。40点を切ったら同じ設定でもう1回。80点を超えたら実戦です。「さらに厳しくしてください」と1文足すと、相手は3回目の要求と沈黙を使ってきます。3回こなせば、カードの文言が台本ではなく自分の言葉として出るようになります。

今日やること

  1. 道具34を保存する(3分)。次の提案商談1件の定価・下限・刻み・引き換えを入れてカードを出す(実行5分)。下限が決められないときは、今日中に上長へ「ここまでなら自分で切っていい」の一言を1回だけ取りに行く。商談予定がなければ、食品メーカー例(月額28万円・300名)で走らせ、カードの形を1回見る
  2. 道具35を保存する(3分)。相手要求額に定価の8割(例なら22万4,000円)を入れて代替案3案を出し、使う1案の1文を音読3回する(実行10分)
  3. 道具36を保存する(3分)。ドリルを1回やる(実行10分)。40点未満ならもう1回。80点を超えたら、カードを道具32の台本の後ろに挟んで本番に持っていく

1割引きは、2年で67万2,000円です。それを商談室の数分で決めるのは、賭けとして高すぎます。下限・刻み・引き換え、3つの数字を自席で決めてカードに固める。金額は変えません。決める場所と時間を商談室からデスクに移すだけで、毎年67万円を渡す商談と、手元に残る商談に分かれます。ここまでやれば、値引きを商談室で考える必要はもうありません。今日はここまでで合格です。

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