良い顧客の条件を書く前に、会わなくていい会社を決めた話
こんにちは。速水拓真です。
数年前、半年かけて追いかけた会社があります。地方の製造業で、担当者は毎回丁寧に話を聞いてくれました。月に2回、新幹線で通いました。ようやく受注が決まった日、私が最初に感じたのは達成感ではなく、疲れでした。
その案件は、受注額では黒字でした。ですが、導入支援に80時間かかり、値引きは3割を超え、支払いサイトは90日。期末に数字を並べて、この会社に使った時間は別の2社を新規開拓するのと同じだけあったと気づきました。
取れてうれしい案件ではありません。取らなくてもよかった案件でした。
この話を書くのは、反省を共有したいからではありません。私は20年、営業をやってきて、断る理由を先に書いたことがありませんでした。それが、AIに見込み客を探させるようになって、私が最初に変えた点です。
「当たり」は理想論になり、「外れ」は事件になる
「どんな会社が良い顧客ですか」と聞かれると、たいてい同じ答えが返ってきます。決裁者と会える。予算がある。熱量がある。
これは顧客の条件ではなく、営業という仕事の条件です。誰に聞いても同じ答えでは、1,000社の名簿から1社も絞れません。
逆に「どんな会社には、もう行きたくないですか」と聞くと、話が変わります。去年の春、支払いが3ヶ月遅れた会社があって、請求書を5回送り直した——事件として語られる。事件には業種があり、規模があり、状況があります。つまり、機械に渡せる形で、最初から語られているのです。
私の手帳に残っていた外れを並べると、3つの型に分かれました。
決まらない会社。 決裁のルートが長く、既存の契約が残っていて、こちらが何をしても閉じない。営業時間をいちばん食う型です。
受かっても赤字になる会社。 工数、値引き、支払いサイト。受注額では黒字なのに、時間で見ると赤字になる。先ほどの半年の案件が、これでした。
そもそも行ってはいけない会社。 社内の取扱いルールに触れる先。これは営業個人の判断で外すものではありません。リストを作る段階で、機械に渡しておく種類の条件です。
AIは、1回で500社を持ってくる
手でリストを作っていた頃、私が一日に読める会社は50社でした。50社なら、嫌な匂いのする会社を30秒で読み飛ばす目利きが働きました。あの目は、数で勝負する道具ではありません。
AIは1回の指示で500社を持ってきます。しかも、指示に書いていない穴を、それらしい会社で埋めて返してきます。
50社を30秒で読む目で500社を読めば、それだけで丸一日が終わります。私は1週間を溶かしたことがあります。外す条件を渡していないと、AIの速さは、そのまま自分の負荷になります。
速さは、捨てる基準とセットで初めて手に入るのだと思います。
引き算の残りが、本物
外れを消していくと、当たりの核心が残ります。
「契約が残っていて商談が半年凍った」という一件を消したあとに、「既存システムの更新時期が近い会社」という条件が浮かび上がる。当たりは足し算では見つかりません。引き算の残りが本物です。
そして引き算は、理想を語るより速い。理想の顧客像を先に固めようとすると、話はどうしても抽象論に逃げます。外れの記憶には、逃げ場がありません。
消しすぎて、当たりを落とした一年
失敗も書いておきます。
外す条件を最初に作ったとき、私は調子に乗りました。「支払いサイトが長い業種」という一行を入れたのです。根拠は、過去に請求書を5回送り直した一件だけでした。一行のつもりが、その行は会社ではなく業種ごと消していました。
翌四半期、その条件で落ちた一社から、部署を替えた担当者を通じて問い合わせが来ました。名前を見て、私は条件のほうを疑いました。一件の失敗から書いた一行が、数十社の入口を閉じていたのです。
外す条件は、書けることと、書いてよいことは別でした。一件の記憶から、一つの集団を消してはいけない。 それ以来、私は条件に等級をつけています。確度の高い数個だけを機械に渡し、残りは商談の初回に自分で確かめる。条件の書き方を直すのであって、条件の数を増やさない。これが、私がいちばん時間をかけて覚えた線です。
任せる線は、ここにある
会社を500社から50社に絞る。これは、AIの仕事です。私一人では半日かかる作業で、しかも夕方には飽きて精度が落ちます。
会わなくていい会社を定義する。これは、私の仕事です。
AIは汲むのが得意です。ただ、何を泥と呼ぶかを決めていない穴は、泥も水も区別なく溜めます。縁のない穴を掘っても、良い水は残りません。縁を決めるのは、20年ぶんの失敗を覚えている側の仕事です。
失敗は、資産になる形がひとつだけあります。条件に翻訳された失敗です。それ以外の失敗は、ただの痛みとして残ります。
今週、ひとつだけ試すなら
手帳でもスプレッドシートでも構いません。断った商談と、時間を溶かした案件を、5件だけ思い出してください。
それぞれに、「次に同じ会社が来たら、何を見て断るか」を一行ずつ書きます。条件として書けた行だけが、AIに渡せる行です。書けなかった行は捨てなくてよく、商談の場で人間が使う値として、そのまま手元に置いておけばいい。
私の場合、この一行を書けるようになるまでに20年かかりました。AIに渡すようになって、ようやく書く理由ができた、という言い方のほうが正確です。
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それでは、また。