速水拓真 営業×AI 実践シリーズ
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電車でAIを動かすようになって、商談に着く頃には準備が終わっていた話

初出: note

こんにちは。速水拓真です。


前回は、商談の翌朝に送るお礼メールの返信率の話でした。商談が終わってからの5分の話です。今週はその一本手前、席に着くまでの話を置きます。商談へ向かう移動時間です。20年この時間の扱いを、一度も疑ったことがなかった。その疑い始めた先週の話を書きます。


20年目の営業で。先週の月曜は、商談が3件続いた。渋谷の午前、品川の午後、そのあと新橋。移動時間を足すと2時間40分になる日だった。この2時間40分は、AIに任せる仕事を切り分けたときも、一度も自分のリストに載らなかった。載せたことがない。理由を聞かれると困るのだが、リストをつくる段階から「移動は任せられない」という1行で外していた。


その1行を疑えたのは、先週の水曜のことである。


「移動」という1行のままだった20年


仕事ぶりを数字にする試みをしたことがある。週の時間の内訳を書き出すと、商談が約6時間。その裏に、移動が約5時間。商談1時間に対して、移動1時間、事前準備40分、事後処理30分がついて回る構造だった。


数字が出たときに、商談の中身より、その外側が大きいことが初めて見えた。AIに任せる範囲を決めたあの夜は、この内訳のまえに座って、リスト収集と企業調査と文書作成とフォローアップの4つに印をつけた。移動はそこになかった。「移動は運転でもあるから」と、根拠のない一言で済ませていた。実際には運転の多い年もあったし、電車移動だけの年もあった。どちらの場合でも、移動は「移動」の1行だった。


移動の中で何をしていたのか。20年書き続けられてこなかった。ラジオ。スマホ。ぼんやり。どれも仕事の記録としては書けない。書けないまま、移動は空白として毎週5時間転がりつづけていた。


遅延と、1社分の調査カード


転機は水曜の遅延だった。A社へ向かう電車が30分遅れた。ホームで待つ30分に、「どうせ待つのだから」と、AIにその日のA社の調査を頼んだ。調査カードを出すのに必要な入力は、企業名の1行だけである。


出力を読み終える前に電車が来て、残りの読み込みは車内で終えた。前の事業、直近の動き、似た規模の同業2社の事例。着いたとき、調査が終わっていた。席に着く前に1社分の準備を置いていけるという発見は、20年で初めてのことだった。


そこで移動の使い方を組み直した。乗り換えと、歩く区間と、改札の列は、そのまま人間の仕事にする。座っている区間は、AIを動かす区間に割り当てる。決まりはこれだけである。商談1時間の裏についてくる移動1時間が、事前準備の40分を埋め始めた。準備のための時間が別に足りなくなることもなかった。空白として転がっていた箱に、AIへの依頼が入っただけのことだった。


数字を言って、出典を聞かれた日


ただし、最初の週に事故が起きている。移動中に読んだ調査カードの数字を、商談の席でそのまま口に出した。「御社の前の事業は、直前期に2桁の伸びでしたよね、確か」。相手が静かに、その数字をどちらで確認したのか、教えてもらえますかと聞いた。答えられなかった。


移動中にAIを動かす回数が増えた分、カードの扱いに決まりを足した。手順に足した行は3つである。


  • 調査カードには、出典を末尾に4行、必ず出させる。どのサイトを、いつ見たか

  • 到着してから、カードを3分で読み直し、今日口に出す数字と外す数字を自分で選ぶ

  • 3分の最後に、「今日いちばん聞きたいこと」を1行だけ決めて、そこを始まりにする


AIは、効果のありそうな質問を正しそうな順に5つ並べる。どれも外れがない。だが今日のこの人に、この60分でいちばん最初に聞くのはどれかという選択は、AIがしてくれない。商談に出る人間にしかできない。だから着地の3分と、1行の決定だけは、いまも自分でやる。


出典4行の決まりができてから、同じ事故は起きていない。聞き返されたら、その行をそのまま渡して見てもらえばよい。数字を自分で守るのではなく、出典を自分で持つことにした。手間が減ったのは、守るものを変えたからだった。


「準備は席に着いてから」の前提


振り返ると、この20年、「準備は商談のまえに、席に着いてからやるものだ」という前提を、疑うという発想自体がなかった。だから移動は、AI化のリストをつくるよりも前の段階で、最初から外していた。任せられなかったのではない。渡すことを、考えていなかった。


同期にこの話をしたら、お前は電車の中で何をしているんだと聞かれた。商談の準備と答えると、昨日までの君は電車の中でラジオを聴いて寝ていたじゃないかと笑われた。笑われて30分ほど、ラジオを聴きながら何もせずに着いていた40分を、いま損していたなという気持ちが続いていた。この40分は、20年で積もると、覚えてすらいないほど静かに消えている。


AIに仕事を任せる話は、事務作業を任せる話として語られることが多い。でも、この空白のほうが実費としては大きかった。いま移動の中で頼んでいるのは、調査カードと、商談のあとに貼るメモの下書き、この2つに絞っている。乗り換えも、改札も、雨の日の足元も、移動という実行そのものは、今日も自分の仕事のままにしてある。


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