商談のあと、駅のホームでメモを開く話
こんにちは。速水拓真です。
前回は、商談の前夜にAIと予行演習をする話を書きました。今回はその裏側です。商談が終わってから、帰りの駅で何をするか。テーマは「商談後の10分」です。
自分の字が読めなかった経験
商談を終えて駅へ向かう途中、メモ帳を開いたら自分の字が読めなかった——この経験は、営業をしている人なら全員しています。
翌朝にはメモの半分が思い出せなくなり、3日後には8割が消えます。一緒に消えるのが約束です。「見積を来週送る」「デモの日程を調整する」「追加資料を送る」。案件が止まる原因の多くは、競合でも価格でもなく、こうした小さな約束を2週間放置したことにあります。
私が以前、失注した案件を振り返ったとき、失注理由を後から説明できる案件は、たいてい議事録を送っていた案件でした。送っていない案件は、「どの段階で熱が冷めたのか分からないまま終わる」んです。議事録は、お客様のためだけでなく、自分の記録としても効きます。
議事録を送る商談は動き、送らない商談は忘れられる
商談当日に議事録が届く営業は、実は少数です。だからこそ効果があります。
1つ目は、認識の食い違いを早い段階で潰せること。「相違があればご指摘ください」と添えて送ると、「見積は税込みでお願いします」のような返事がその場で返ってきます。条件の食い違いは、契約段階で見つかると致命傷です。議事録の段階なら、訂正メール1通で済みます。
2つ目は、お客様側にも「やること」があると認識してもらえること。次回の日程を先方に調整してもらう案件なら、議事録にその1行があるだけで、相手のタスクとして動き始めます。
3つ目はスピードの印象です。案件が接近戦に入ったとき、「この営業は動く」という印象の差になります。
1つのメモから、2枚を出す
ここで重要なのは、1つのメモから2枚の成果物を出すことです。
議事録メール: お客様が読む文面。商談の確認事項、決定事項、次回の予定
宿題リスト: 自分用。見積の数字を誰に確認する、上司の承認をいつ取る——社内のやること
この2枚は、同じメモからAIに1回で作らせられます。所要は1件あたり10分。
入力の鍵は、商談メモの形式を固定することです。商談中に、次の5項目で取ってください。
日時・場所・参加者(肩書まで。「K部長」ではなく「K部長(製造部)」)
話したこと(思いついた順でいい)
決まったこと
決まらなかったこと・持ち帰ったこと
約束(誰が、何を、いつまでに)
3〜5が商談中に空欄のまま終わっても構いません。空欄は「その項目を決めるために次回が要る」という意味なので、次回の議題にそのまま使えます。
文字数の目安は300〜800字です。録音して文字起こしした全記録をそのまま貼るやり方も世の中にはありますが、私は勧めません。2,000字を超える原稿は検査に3分では足りず、全体が手書きより遅くなります。そして雑談まで拾って、議事録が読みにくくなります。
「A社と話し。良い感じ。来週連絡」からは何も出ない
この方法で失敗する人の特徴は、メモの質にあります。
どれだけ整えたプロンプトでも、メモにないことは出力できません。「A社と話し。良い感じ。来週連絡」というメモからは何も出ない。逆に、5項目が埋まっていれば、プロンプトはシンプルな1本で足ります。
私が使っているプロンプトの骨子を書きます。
```
あなたは法人営業の事務サポート担当です。以下の商談メモから、
成果物を2つ作ってください。
【成果物1:お客様宛ての議事録メール】
・本文の構成: ごあいさつ1行/現状として確認したこと/決定事項/継続して確認する事項/次回の予定/「認識に相違がございましたらご指摘ください」の1行
・丁寧な敬語で全体を400字前後
・メモに書かれていない事実・効果は、一切書き加えないこと
【成果物2:自分用の宿題リスト】
・宿題/相手/期日/具体的なやること の4列の表
・メモ中の「送る」「確認する」「調整する」をすべて宿題として拾う
・期日がメモにないものは「要調整」と記入
【商談メモ】
[ここに5項目メモを貼る]
```
「メモに書かれていない事実・効果は、一切書き加えないこと」の1行が効いています。AIは文脈から都合のいい効果を補おうとしますが、議事録は事実の確認書面です。添削した結果が誇張になっていたら本末転倒です。
外向けの議事録と内向けの宿題リスト。1つのメモからこの2枚を1回で出すのが型で、宿題リストの「期日がメモにないものは要調整」という記法が、放置案件を作らなくなった直接の原因でした。
議事録化は「最初の一歩」に最適な理由
この議事録化は、AI導入の最初の一歩としても最適だと私は考えています。
理由は、検算が最も簡単だからです。商談の正解は自分の頭の中にあります。AIが作った議事録を読んで、自分が話したことと違うところを探す。この確認が、AIの間違いを見抜く目を最速で育てます。議事録のように「正解が自分の頭の中にある」業務は、訓練として最適の教材なんです。
しかも、失敗したときの損害が小さい。お礼メールの文面が少し硬くても、修正して送れば済みます。この安全域の中で「どこまで任せて、どこから自分の目で見るか」の感覚を養ってから、痛手の大きい領域(提案書の中身、見積もり、価格交渉の文言)へ持ち込む。ステップが進むほど任せられる範囲が広がっていく、という構造です。
導入の順番の設計目標は、週10時間の削減に置くのがおすすめです。月労働時間の2割にあたります。第1ステップの議事録化とお礼メールで1日30〜40分、第2ステップの調査半自動化で1日35分、第3ステップのリストと提案書で1日1時間。三つを積み上げて初めて1日2時間に届きます。一つの施策だけに賭けても目標に届かない、という見通しも、逆算して初めて見えてきます。
そして、うまくいかないときの戻り方も先に決めておいてください。AIの出力の検算と修正に、手作業と同じかそれ以上の時間がかかる状態が2週間続いたら、その業務は手作業へ戻す。気分で判断しないための基準です。手作業に戻すことを、失敗とは呼ばないでください。ロールバックは挫折の記録ではなく、導入設計の一部です。
宿題リストが消えた後の話
「AIは営業をなくしません。準備時間をなくします」と、このnoteで書いてきた線引きを、商談後にも当てはめることができます。
商談前夜の予行演習はAIに任せる。商談当日の議事録化もAIに渡す。宿題リストのうち、期日と担当を決める判断だけは人間のまま。この線引きで、商談後の10分が「書く作業」から「確認する作業」に変わります。
前回の商談から2週間、あの約束は進んでいますか。答えに自信がない人は、まずこの10分の仕組みから始めてみてください。
書籍『商談をAIに鍛えさせろ — 事前準備から断られフォローまで、商談の全工程をAIで強くする』(速水拓真)では、この議事録化を含む商談の全工程の道具を通しで解説しています: Amazonで見る
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それでは、また。