20年目でも、AIに渡していない仕事が2つある話
こんにちは。速水拓真です。
営業の準備仕事は、ほとんどAIに渡しました。会社を調べるのも、リストを作るのも、提案書の下書きも、議事録の整理も、今は渡しています。渡した前と後で週に何時間浮いたかは数えられるのですが、今日書きたいのはその話ではありません。
渡している仕事を数えるより、渡していない仕事を数えたほうが、自分の営業が何でできているか分かる、という話です。
私がAIに渡していない仕事は、2つだけあります。
ひとつ目: 値段を言う瞬間
見積もりはAIに作らせます。単価も数量も条件も、表にしてもらう。渡しているのはそこまでです。
最後の一行、「この金額でいかがでしょうか」と口にするのは、今も自分です。
理由は単純で、この一文には情報が3つ入っているからです。「この額で受け取ってほしい」という希望。「これ以下は苦しい」という線。「あなたとはこの額で合意したい」という、相手への評価。AIに整えさせると、この3つが全部消えて、丁寧な数字の説明だけが残ります。
数字の説明は、相手にとってはすでに知っていることです。見積書を渡した時点で、金額は先方の手元にあります。私がしゃべるべきなのは、金額そのものではなく、その額を選んだ人間がここにいる、という情報のほうでした。
20年目で、いまだに乾いた口で言います。言い終わるまで、声が少し硬い。それでいい、と今は思っています。硬さは、伝わる側では「この人は本気でこの数字を選んでいる」という情報に変わるからです。
二つ目: できないと伝える言葉
もうひとつは、断る言葉です。
「それはうちではできません」「この期日には間に合いません」。こういう一行を、AIは驚くほどうまく書きます。角を立てず、代案を添え、関係を壊さない。読むと、断りであることが一瞬分からないほどです。
実際にやってみたことがあります。ある商談で間に合わない期日の話が出て、私は帰りの電車でAIに断り文を書かせました。出てきた文章は、私が30分考えて書くよりずっと上手でした。
でも、送る直前に手が止まりました。読み返しても、断られている感じがしない。 相手は、丁寧な文面の裏にある「間に合わない」という事実を、二度読みして拾わなければなりません。拾えなかった相手は、あとで工程が止まって、初めて気づきます。
断りが伝わらないのは、失礼だからではなく、遅れるからです。遅れて気づかせた分だけ、相手の計画が壊れます。
結局私はその文面を使いませんでした。代案の一行だけ残して、あとは自分で書きました。「この期日には間に合いません」を、隠さず二行目に置く形です。短く、痛い一行。これも、AIには書かせない仕事になりました。
渡さない仕事は、能力の差ではない
ここまで書くと、「大事な仕事はAIに任せない」という当たり前の結論に見えます。でも、私が渡していないのは、大事だからではありません。その場にいなければ成立しないからです。
値段は、口にした人間の表情まで含めて値段です。断りは、遅れて困る相手の顔を知っている側が、自分の言葉で早く渡すべき情報です。どちらも、画面の中より部屋の中にあるものを見て決めます。
もうひとつ、渡さない仕事を残しておくことには実務的な効き目があります。渡していない工程があると、任せる線がどこかにある、ということが毎日見えます。全部渡した人は、任せたこと自体を忘れて、渡した先の検算もしなくなります。渡さない仕事は、残しておくための仕事ではなく、渡した仕事を守るための仕事でした。5年やって、そういう結論になりました。
任せる線は、ここにある
材料を集めるのはAI。資料を整えるのはAI。言い方の候補を並べるのもAI。ここは全部渡しています。
それを今日、この相手に、この順番で出すかどうかを決めるのは、私です。 値段も断りも、その決定が言葉になった瞬間ですから、そもそも渡しようがありません。
AIは、私が言いにくいことを、いつも代わりに書けます。書けるからこそ、残しておく場所を2つだけ決めておく。この2つがあるので、残りは気持ちよく渡せます。手放すものが増えるほど、手放さない場所がはっきりする。20年目のやり方は、たぶんそういう形になりました。
今週、ひとつだけ試すなら
いま渡している仕事を、ひとつ選んでください。そして、その工程の最後の一手間だけを、自分に戻してみてください。
リストを作るなら、作られたリストを相手の顔と重ねる作業。提案書を書くなら、最後の一行を音に出して読む作業。AIに書かせた文面なら、送る前に一度立ち止まって、これを読んだ相手の顔を思い浮かべる10秒。
戻した一手間が週に数分でも、任せた仕事全体の質を支えます。任せるために残す、という順番で考えたほうが、線の引き方は荒れません。これは、渡しすぎて一度失敗した人間の実感です。
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それでは、また。