工夫したプロンプトはチャット履歴の中で死ぬ — 『1プロンプト=1行』の共有集で備品にする
前回は、自動化を2週間で自分仕様に直す「引っかかりログ」の回し方を書きました(自動化を2週間で自分仕様に直す)。
今回は、その2週間で育てたものを「個人の持ち物」から「チームの備品」に変える1枚です。前回予告したとおり、共有プロンプト集の作り方です。
よくある風景を出します。ある営業部に手の速い一人がいて、自分のアカウントでAIに工夫した指示を打ち続けている。商談後の整理が速い、提案書のたたき台が速い。ところがその人が休む日、その工程だけ遅くなる。異動になれば「速い」ではなく「ゼロ」に戻る。この状態が属人化です。
原因を能力の差に置くと、対策は「あの人を見習う」となり、何も進みません。実際の原因は置き場所です。工夫されたプロンプトの大半は、AIのチャット履歴の中にしか存在しないからです。
履歴は引き出し — ラベルのない引き出しは、本人にも見えない
チャット履歴は引き出しです。ラベルのない引き出しに、本人だけが覚えている位置へ道具を放り込んでいる状態に近い。AIを週5日使う人が3か月で抱えるチャットは100本を超えます。検索窓に「提案書」と打てば、同じ言葉を含む会話が十数本出てくる。どれに最終版があるかは本人にさえ分からず、他のメンバーには探しようがありません。
プロンプトは道具です。居場所の分からない道具は、存在しません。
置き場はスプレッドシートのタブ1枚 — 新しい道具を導入しない
置き場は、比較レポートや引っかかりログで使い始めたスプレッドシートで足ります。「プロンプト集」というタブを1枚足すだけです。
あえて新ツール(Notion、社内Wiki)を勧めない理由は2つあります。第一に、新しい道具は「開くまでの1手」を増やす。問題は導入の日ではなく、3週間後に開かれているかどうかです。第二に、すでに毎日開いているファイルに足せば、開く動線はゼロ円で作れるからです。
ルールは1つ。1プロンプト=1行。チャット履歴のような「会話の流れ」で管理しません。
タブの追加と6択プルダウンの流用は、スクリプト1回の実行で済みます。
function addPromptSheet() {
const ss = SpreadsheetApp.getActiveSpreadsheet();
const sheet = ss.insertSheet('プロンプト集');
sheet.getRange('A1:G1').setValues([
['番号', '名前', '工程', '入力', 'プロンプト本文', '出力の使い方', '確認日と理由']
]);
sheet.getRange('C2:C300').setDataValidation(
SpreadsheetApp.newDataValidation()
.requireValueInList(
['リスト更新', 'アポメール', '商談準備', '提案書', 'フォローメール', '日次ログ'],
true)
.setAllowInvalid(false)
.build());
sheet.getRange('A1:G1').setFontWeight('bold');
sheet.setFrozenRows(1);
}
工程のプルダウンは引っかかりログと同じ6択です。絞り込みの軸を共通にしておくと、後で困りません。
7列のカード形式 — 本文は黒箱のままで回る
各行が1枚の「カード」です。列は次の7つ。ここはそのまま真似して構いません。
- 番号(P-01、P-02……)
- 名前(「〇〇を△△する」の形。後で詳しく)
- 工程(6択プルダウン。絞り込みに使う)
- 入力(何を貼るか。貼る物の形まで書く)
- プロンプト本文(コピーしてそのまま動く形)
- 出力の使い方(どこに貼るか、どこで確認するか)
- 確認日と直した理由(日付・名前・理由を1行ずつ追記)
真っ先に強調したいのは4列目「入力」です。共有プロンプト集が壊れる原因の大半は、本文の不出来ではなく入力の未記入にあります。作った本人には「商談メモを貼る」ことが自明です。3人目には自明ではありません。メモの形が違えば出力は変わる。壊れた出力を見た3人目は、「自分の使い方が悪い」と結論して離脱しやすい。離脱はそこで起きます。
記入例 — 商談メモを3点に整理するカード
- 番号:P-07
- 名前:商談メモを課題3点に整理する
- 工程:商談後
- 入力:商談の直後に5分で書いたメモ。①商談の概要 ②相手の発言の引用 ③次のアクション、の3パート構成。3パートがそろっていないメモでは使わない
- プロンプト本文:下記
- 出力の使い方:提案書2章「現状の整理」のたたき台。貼る前に「不明」の行だけを自分の記憶と照合し、裏の取れた事実だけ追記する
- 確認日と理由:9/12 田中・丁寧語の指定を外し、「不明」と書かせる指示を追記
本文はコピーしてそのまま動きます。中身を読めとは言いません。黒箱のまま貼ってください。
あなたはBtoB法人営業のアシスタントです。下の商談メモから、次の3点を整理してください。
①顧客の課題(2行以内)
②決め手になりそうな自社サービスの強み(2行以内)
③相手の懸念(2行以内)
守ってほしいルール:
- メモに書かれていないことを推測で書かない。該当する内容がなければ「不明」とだけ書く
- 相手の発言は、メモの引用から言い換えずに1文だけ使う
- 前置きと締めの挨拶は不要。①②③の番号だけを出す
商談メモ:
(ここにメモを貼る)
カードの価値は、本文の巧拙ではなく4列目と6列目がそろっていることです。「何を入れ、どこへ使うか」。この2点が書いてあれば本文は黒箱でかまいません。営業車の運転手はエンジンを弄りません。ただ、ガソリンの種類と燃料計の見方は全員が知っている。共有するのはエンジンの中ではなく、そこです。
説明ゼロテスト — 2人目を使ってカードを磨く
カードが3行そろったら試してください。2人目にカード1行だけを渡し、口頭の説明なしで動かしてもらいます。返ってきた質問は、すべてカードの書き漏らしです。「メモはどんな形式で書けばよいですか?」→4列目の書き足し。「これは提案書にそのまま貼るのですか?」→6列目の書き足し。質問がゼロになるまで繰り返します。説明ゼロで動いたカードだけが、3人目以降に届きます。
名前の付け方だけは、最初に全員で決める
名前は検索の入口です。悪い名前の代表は「営業用」と「新規Ver2最終」です。前者は探せない。後者は数か月後に「Ver3最終」と並び、正解が分からなくなる。版の情報は7列目の確認日に任せ、名前には入れません。
ルールは2つです。
- 「〇〇を△△する」の動詞で終わる形にする(「見込み客リストから除外条件を拾う」「アポ獲得メールの件名を3案出す」)
- 数字を入れるなら、出力の約束を数字にする(「3案出す」「2行でまとめる」)
一覧の価値は行数ではなく、開いて3秒で目的の行に届くかで決まります。
更新ルール — 直すのは自由、直したら1行残す
運用のルールは3か条です。
- 誰でも直してよい。ただし直したら7列目に「日付・名前・理由」を1行追記する。 スプレッドシートの編集履歴は機械の記録です。人間語の1行が本体です。「9/12 田中 出力が丁寧語すぎて提案書に貼りにくい。口調指定を外した」。この程度の1行で足ります
- 直す前の版は残さなくてよい。 古い版は機械の履歴に任せ、人間は理由だけ残します
- 確認日が60日空いた行は「休眠」にする。 行は消さず、背景色を変えるだけ。消すと、実は裏で使っていた人が困ります。さらに2か月たって誰も動かしていなければ、そのとき消します
ここで前回の引っかかりログとつなげます。2人目に渡した紙に書いた「ここで詰まりました→この直しで消えました」の対は、転記して7列目に入れてください。紙は渡した後に捨ててかまいませんが、直しの理由はカードの一部として生き続けます。詰まった記録は、次に詰まる人を止めます。
失敗パターン3つ — 作ることより開かせることが難しい
- 一覧を置くだけで終わる。 置く場所より「開くきっかけ」を作ります。週次の営業会議の議事録テンプレートに、プロンプト集へのリンクを1行入れる。朝会で1人1枚、「今週使ったカード」を30秒で紹介する
- 完璧な本文を待って1行も置かない。 動いた版は汚いまま入れます。直すのは2週目。前回の「1週目は直さず、1行だけ書く」と同じ原則です。完璧な本文を待つ人は、1年たっても1行を置いていません
- 個人の改良が共有に戻らない。 AIは、チャットで打つたびに微修正が進む道具です。各自が育てた改良版は、月末にカードへ反映する。反映を忘れる人には、朝会の「今週使ったカード」の紹介が効きます
1か月後に見る3つの数値
運用を始めたら、1か月後に次の3つだけを見ます。判定ではなく、次の手を決めるための確認です。
- 開いた人数:メンバー3人のうち、週1回以上開いている人が2人未満なら、置き場所か名前付けを疑う。開かれても目的の行に届かなければ、使われないのと同じです
- 追加された行数:月に2行以上増えていれば、改良が一覧に戻っています。2か月ゼロが続いたら、改良が個人のチャットの中に滞っている合図です
- 休眠行の割合:60日触れられていない行が2割を超えたら、一覧が長すぎます。消すのではなく、よく使う行を上へ並べ替える
規模の目安も出しておきます。3人チームなら、最初の1か月は1人あたり2〜3行、全体で10行前後が適正です。最初に50行作らないこと。50行ある一覧は、目的の行を探すのに時間がかかる一覧です。行数は目標ではなく、使われて残った結果です。
まとめ
- 属人化の原因は能力ではなく置き場所。履歴の中にあるプロンプトは「存在しない」のと同じです
- 置き場は毎日開いているスプレッドシートのタブ1枚、1プロンプト=1行、7列のカード
- カードの価値は本文ではなく「入力」と「出力の使い方」の2列。本文は黒箱で回す
- 説明ゼロテストを通った行だけが、3人目以降に届きます
次回は、いよいよチーム展開の最後の難所です。導入を止める3つの壁 — 「そのまま顧客に出せない」「学ぶ時間がない」— の正体と、外し方を書きます。
この連載の続きは、はてなブログでも毎日書いています。
この記事の元になった書籍では、7列カードの様式、説明ゼロテストの回し方、名前付けの規約を、個人最適化の2週間と導入の壁への対処と並んで通しで扱っています。
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書籍の内容と読者特典については、https://takuma.yuenreach.com にまとめています。