断られた翌朝、AIに議事録を読ませた話
こんにちは。速水拓真です。
数年前の冬、半年かけて通った商談が、最後の一回で終わりました。手応えは、ありました。先方はこちらの提案に何度もうなずいていたし、見積もりの数字も、こちらの言い値に近いところで折り合っていました。
最後の30分で、決裁者がこう言いました。「今回は見送ります」。
商談が終わって、駅までの道を歩きながら、私はすでに理由を組み立てていました。予算の時期が合わなかった。ライバルが安かった。担当者の上司が、うちの会社を好いていなかった。 どれも、その場で思いついた筋の通った説明です。
その夜、私は議事録を書きました。いつもどおり、きれいな議事録を。
引き出しに戻された、一枚
翌朝、私はその議事録を開きました。書いた本人が読んでも、自分が失注した理由がどこにも書かれていませんでした。
事実だけが並んでいます。「見送りの連絡を受けた」。日付。出席者。次回の予定欄は、空欄。
読み返して、少し寒い気持ちになりました。あの夜の私は、反省ではなく整理をしていたのです。傷のついた話を、痛くない形に畳んで、引き出しに戻しただけでした。
20年、営業をやってきて、私は失注の記録をほとんど残していません。正確に言えば、残していましたが、それは記録の形をした言い訳でした。
20年ぶんの癖は、自分では見つけられない
人は、自分の失敗を説明するとき、だいたい同じ順番で話します。まず状況のせいにして、次に相手の判断を疑い、最後に「次はこうする」という言葉で締める。私の手帳も、ずっとこの順番で書かれていました。
この順番の厄介なところは、一見すると反省しているように読めることです。「次は時期を見極める」と書けば、反省した気になります。でも、次に何をすればいいのかは、一行も書かれていません。
自分で自分の癖を見つけるのは、これができない。20年やって、そこは変わりませんでした。変わったのは、読み手がもう一人増えたことだけです。
私は、その日の夜に議事録をAIに読み込ませました。貼り付けて、こう頼みました。
「この議事録から、営業が次に同じ失敗をしないための材料になる行を、全部抜き出してください。反省の言葉と、事実の行を分けてください。」
AIは、私の記憶より容赦なく読む
返ってきたものを見て、私は少し笑ってしまいました。
AIが「事実」として拾ったのは、私が書いた文章のうち、わずか数行でした。「見送りの連絡を受けた」という一行。「検討は続いている」という先方の言葉。それだけです。
残りの大部分は、私の感想でした。担当者が困った顔をしていた、という観察。私がこの提案に込めた思い。会議室の空気の話。
議事録の八割は私の感想で、事実は二割でした。
これは、恥ずかしい話ですが、指摘されて初めて見えたことです。自分で読み返していたら、感想の八割を事実だと思い込んだまま、次の商談に進んでいました。
AIは、私の記憶より容赦なく読みます。容赦がないから、都合のいい説明の層を、一枚ずつ剥がしてくれます。
言い訳の層を剥がすと、戻り先が見えてくる
剥がされたあとに残ったのは、短い一文でした。
「導入の目的が、先方の中で変わっていた」。
議事録には、こう書いてありました。初回は「現場の負担を減らしたい」という話だった。四回目には「まず、上の合意を取りたい」に変わっていた。私は最後の一回まで、最初の目的に向かって話していました。
失注の理由は、ライバル価格でも予算時期でもありませんでした。私が、相手の目的が変わったことに気づいていなかった。
ここまで来て、ようやく「次はこうする」が書けます。目的が変わったかどうかを、どこで確かめるか。四回目に入る前に、一回目の議事録を読み返す。初回と今で、先方が使う言葉が変わっていれば、目的も変わっている。
反省の言葉を探すのではなく、戻り先を探す。これが、あの一件から私が手にしたものです。
詰まったときに戻る一枚
商談は、何度やっても想定外が出ます。準備を濃くするほど、想定の外側に落ちたときの落差は大きくなります。だから私が今もっている安心は、「想定外が起きない」ことではなく、「詰まっても戻る先がある」ことです。
その戻り先が、この一枚になりました。私が今も使っている型は、これだけです。
一、議事録から感想を消す。 事実の行だけを残す作業を、AIに任せる。主観の行は、削らず別の場所に置いておく。
二、初回の目的を、一行で書き出す。 ここが動いたかどうかを、回を追うごとに確認する。
三、失注したら、「戻り先」を一行で書く。 理由ではなく、次に戻る手順を書く。理由は相手の都合で変わるけれど、手順は自分に残ります。
一枚の紙に収まる量です。収まる量でなければ、商談の最中には使えません。
任せる線は、ここにある
議事録の感想と事実の仕分けは、AIの仕事です。私はこの作業が苦手で、しかも疲れているときにやると、いちばん都合よく仕分けてしまいます。機械は、疲れません。
「次はこうする」の一行を書くのは、私の仕事です。 ここを渡すと、営業は誰でも同じことをする仕事になってしまう。同じ失敗を違う打ち手に変えるのは、その人の20年ぶんの痛みがある側の役目だと、私は思っています。
AIに渡すのは、私が素直に書けなかった一行です。手放すのは整理で、手放さないのは決めること。この線は、ここ数年でいちばん納得している引き方です。
今週、ひとつだけ試すなら
直近の失注を、一件だけ思い出してください。理由は、もう考えなくていいです。
思い出したら、議事録を開いて、AIにこう頼んでみてください。「この記録から、感想と事実を分けてください。事実は、日付・発言・数字だけです。」
分かれた二つの山を見ると、自分がどこで説明を作っていたかが見えます。そのうえで、一行だけ書きます。次に同じ会社と話すとき、どの記録に戻って、何を確かめるか。
理由を書くより、手順を書くほうが難しい。でも、次に効くのは手順のほうです。
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それでは、また。