20年で身につけた「勘」は、AIに渡すとどうなるのか
こんにちは。速水拓真です。
前回は、返信が来なかった4通の話を書きました。今日は少し視点を変えます。私が営業を20年やってきて、いちばん手放したくなかったもの。それは「勘」です。
商談の前日に、私はもう決めていた
若い頃の私の商談準備は、いま思うと、ほとんど何もしていませんでした。資料を開き、会社名と担当者の顔を思い出し、それから数秒で「この会社は、たぶんこれが刺さる」と決める。決めたら、あとはその方向で資料を作る。準備にかかる時間は、長くても20分でした。
それが当たることも、よくありました。20年も同じ商売をしていると、会社の規模や業種、担当者の話し方で、だいたいの当たりがつくようになります。部署の予算がどれくらいか、決裁者が誰か、いま何に困っていそうか。手元に情報が少なくても、似た会社を何十社も見てきた記憶が、瞬時に答えを出してくれます。私はそれを、自分の実力だと思っていました。
外したときのことは、よく覚えている
当たった商談は忘れます。外した商談は、覚えています。
数年前の話です。ある会社の担当者と一度だけ会い、感じの良い人だなと思いました。業種は製造、規模は中堅、話し方は穏やか。私の勘は「この人は、丁寧な資料と誠実さで押すのが効く」と告げました。だから私は、いつもの通り、丁寧に作った提案書を持って二回目の商談に行きました。
結果は、何も決まりませんでした。
三回目に行くと、担当者は少し困った顔で言いました。「速水さん、うちはもう、決める人間は決まってるんです。私は、社内で通す係なんですよ」。丁寧さで押す相手ではなく、社内を通すための材料を求めている人でした。私はその一言を聞くまで、自分の勘が外れていることに気づいていませんでした。
あのときの感触は、いまも残っています。勘は、当たっているときは本人に何も知らせてくれません。間違っているときも、教えてくれません。私は自分の勘を確かめる方法を持たないまま、20年使っていたのです。
勘を、材料の前に置いてみた
AIに商談準備を任せるようになって、最初に変わったのは、順番でした。
以前は「勘で決める → 資料を作る」でした。いまは「材料を並べる → 読む → 決める」という順番になります。AIに渡すのは、会社の情報と、担当者の情報と、これまでのやり取りのメモです。すると、私が20分かけて頭の中から引っ張り出していたものが、だいたい3分で、文字になって目の前に並びます。
このとき、最初は少し落ち着きませんでした。私の勘が働く前に、答えのようなものが机に出ている。自分の出番がなくなった気がしたのです。
でも、並んだ文字を見て、私は気づきました。AIが出してくるのは「材料」であって「答え」ではありません。会社の規模、直近のニュース、業界の動き、担当者の役職、過去のやり取り。それらは、私の勘が昔から無意識に拾っていたものと、ほとんど同じでした。違うのは、拾った材料が消えずに残っていることと、私以外の誰かが見ても同じものが見えることでした。
勘は、消えなかった
面白いのは、ここからです。
材料が先に並ぶと、私の勘は、いままでよりはっきり働くようになりました。以前は「たぶんこれが刺さる」で終わっていたものが、「この会社は直近で人員を増やしている。担当者は社内で通す係だから、決める人に渡せる形にする。だから今回は、効果の数字を前に出す」という形になります。
勘が変わったのではありません。勘に、根拠と順番が付いたのです。
20年分の経験は、何も失われていませんでした。むしろ、経験が判断に使える場面が増えました。材料を探すことに使っていた頭の容量が、決めることに回せるようになったからです。私は、勘を鍛えるために、材料を探す時間を削られていたのだと思います。
準備で頭が埋まっていると、勘は動かない
ここは、私の実感として書いておきたいところです。
人が勘を働かせられないのは、勘が鈍っているからではありません。頭の中に、まだ拾い終わっていない材料が残っているからです。あの会社の決算はいつだったか、担当者の役職は何だったか、前回何を話したか。そういう「思い出さなければいけない在庫」が、判断の直前に並んでいると、人は勘を使えません。使う余地がないからです。
だから私は、商談の前日と当日の朝に、思い出す作業をしないで済むようにしました。材料はAIに並べてもらい、私は読むだけにする。頭の中に在庫を残さない。そうすると、いままで以上に、変な引っかかりが残ります。「この会社、前回と担当の温度が違うな」という違和感や、「この役職なら、この言い方でいいはずだ」という確信が、準備の途中で浮かんでくるようになりました。
勘は、時間を空けてやるものなのだと、この歳になって知りました。
任せる線は、どこにあるのか
では、どこまでをAIに任せて、どこからを自分がやるのか。私がたどり着いた線は、こうです。
材料を集めること、並べること、抜けを指摘すること、順番を整えること。ここまではAIに任せます。数字の突き合わせや、過去のやり取りの整理も、任せた方が正確です。
決めること、話すこと、相手の顔を見て言い方を変えること。ここは人間です。AIが並べた材料の中から、この会社にはこれを出すと選ぶ行為は、20年の記憶を持っている私にしかできません。誰かが書いた一般論ではなく、私が会ってきた何十社もの記憶から選ぶ。この選択にこそ、私の営業の値打ちがあります。
AIは、勘を奪いません。勘が働く前に片付けなければいけない雑用を、奪います。
来週の月曜日にやること
話を戻します。あなたの机の上にも、たぶん、まだ材料が並んでいない商談がいくつかあるはずです。商談の前日に、会社名を検索して、担当者の役職を思い出して、前回のメモを探す。その30分を、今週だけ、AIに渡してみてください。
そして、並んだ材料を読んだあとに、一度だけ手を止めてください。そのときに浮かんだ「何か違う」という感覚が、あなたの20年分です。それは、消さないでください。
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それでは、また。