「今、困っている会社」をAIに探させる — 検索できない課題を「兆候」に翻訳する朝5分
こんにちは。速水拓真です。
第1回では、営業の時間の4割近くが準備業務に消えている数字を数えました。第2回では商談前の企業調査を3分にする調査カード、第3回では提案書の初稿を20分で出す3層プロンプトを紹介しました。
4回目は、前回の予告から順番を1つ動かして、いちばん上流に戻ります。以降の商談前後の道具は、そもそも「会う会社」が供給されていてこそ回るものです。今回はその供給側——第1回で「丸1日、8〜10時間」と数えた見込み客リストの話をします。ただし「月末にまとめて50社を作る」やり方ではなく、「今、困っている会社」を毎朝5分で拾い集めるやり方を書きます。
リストは「作って終わり」の資源ではない
リスト作りに丸1日かかることの問題は、長さだけではありません。月末に8時間かけて作った50社のリストは、翌月には必ず作り直します。理由は単純で、リストは減る一方の資源だからです。
アプローチして外れ、競合に決められ、担当者が変わって途切れる。50社は1か月で40社になり、40社は30社になります。しかも残った30社の「今日アプローチする価値」の順序も消えています。3週間前の求人票の情報は、今日にはもう古い。月末のリストは、月末の瞬間にだけ正しいのです。
だから多くの現場では、リスト作りは毎月の「やり直し」になります。これは蓄積ではなく反復です。8時間の反復を毎月繰り返している間も、「今、困っている会社」の流れは1日も止まっていません。作り直しのコストを払いながら、鮮度は失われていく。この構造を変えないと、リスト作りの自動化は「速く作る」で終わります。
では毎日リストを作るのか——人間が毎朝50社の差分をスキャンするのは、続くはずのない運用です。続く形にするには、何を毎朝見るかを先に決めておいて、組み立てをAIに渡す必要があります。
課題は検索できない — 「兆候」に翻訳する
ここで壁になるのが「課題」という言葉の性質です。営業が本当に知りたいのは「今、困っている会社」ですが、「困っている」で検索できる欄は、どこにもありません。
では、困っている会社は外から見えないのか。見えます。会社は困りごとを直接には書きませんが、困りごとの処理に費用を使った痕跡は、公開情報に必ず残るからです。
- 人が足りなければ、求人票に費用を使う
- 業務が増えそうなら、設備投資を発表する
- 成長の見込みがつけば、資金を調達する
この痕跡を、私の言葉で兆候と呼んでいます。検索できない「課題」を、検索できる「兆候」に翻訳する。翻訳の辞書は人間が先に作り、拾いに行く(検索する)のも人間で、組み立てと解釈だけをAIに渡す。第2回の調査カードと同じ線引きです。
なお、月末にまとめてリストを作るときの条件設計(過去の受注からの必須条件・優先条件の決め方)は、ブログ版の「見込み客リストの収集」で詳しく書きました。今回の道具は、その上流——毎朝の差分を積み続ける部分です。
監視する信号は4種類に絞る
スキャンする対象を絞らないと、朝5分の運用は破綻します。私が監視しているのは、次の4種類だけです。
| 信号 | 何を見るか | 読み方 |
|---|---|---|
| 求人票 | 未経験可・ブランク歓迎の文言、掲載の続き方 | 会社が費用を払って自社の弱点を書く広告欄。経験者の募集が埋まらないほど、採用コストと既存メンバーの残業の膨らみが出る |
| プレスリリース | 設備投資・拠点拡張・新事業の発表 | 業務量が「これから増える」直前の合図。増える仕事の運用設計は、まだ固まっていない |
| 資金調達・増資 | 調達の発表と使途 | 予算が生まれた直後。決裁も速くなる時期 |
| 業界ニュース | 規制の変更、市場の動き | 個社の話ではなく、業界全体の事情が変わる合図。先方の全員の優先順位が同じ方向に動く |
共通しているのは、どの信号も困りごとへの対応に「費用か情報」を使った痕跡であることです。会社は宣伝で強みを書き、求人票で弱みを書く。この性質を逆手に取るのが兆候検出です。
4種類を毎日全部見る必要はありません。1日1種類のローテーションで回します(例: 月は業界ニュース、火は求人、水はプレスリリース、木は資金調達、金は週で気になった1種類の深掘り)。1日に見る分量が決まっているから、5分が5分で終わります。
毎朝の入力は「貼る」だけ
設計の分かれ目はここです。「困っている会社を探して」とAIに丸投げすると、AIは検索もしないで、実在しない会社名をそれらしく作ることがあります。AIの失敗の中で、いちばん質が悪い形です。検索は人間が、解釈はAIに。 第2回と同じ分業です。
毎朝の入力は、こうなります。
- その日の信号1種類について、検索で直近24〜48時間の新着を拾う(求人媒体の新着、プレスリリース配信サイト、調達ニュースなど。2〜3分)
- 見出し・日付・要約・URLをコピーして、下のプロンプトにそのまま貼る
- 出てきたカードの出典URLを、1個ずつ開いて確認する(1〜2分)
プロンプト本体
道具の核はこの指示文です。ChatGPTでもClaudeでもGeminiでも動きます。触るのは(ここに貼る)の2か所だけです。
あなたは法人営業の見込み客監視アシスタントです。
私が知りたいのは「今、困っている可能性が高い会社」です。
下の【スキャン結果】から兆候を検出して、「朝一カード」を作ってください。
# 私の商材
(1文で。例: 製造業向けのシフト管理クラウド)
# 狙う会社の条件
- 業種: (例: 製造・運送・物流)
- 規模: (例: 従業員100〜500人)
- 地域: (例: 関東)
# 【スキャン結果】
(検索で拾った見出し・日付・要約・URLをそのまま貼る)
# 出力「朝一カード」
1社につき4行、最大5社。
1. 社名
2. 兆候: スキャン結果に書かれている事実のみ。出典URLを付ける
3. 仮説: この兆候が困りごとである理由を1文。「〜の可能性」で書き、断定しない
4. 緊急度: 高/中/低。鮮度(兆候の掲載が直近か)と強度(事業の変化の大きさ)で判定
# 絶対ルール
1. 出典URLのない兆候は、1件も載せない
2. 「困っている」と断定して書かない。事実は兆候に、解釈は仮説に分ける
3. 業種・規模・地域の条件を外れている会社は載せない
4. 該当する会社がなければ「本日は該当なし」とだけ書く。無理に5社を作らない
最後のルール4が肝です。AIは出力の形を守ろうとして、該当しない日にもそれらしい5社をでっち上げます。「該当なし」を出させる指定がないと、カード全体の信頼が削がれます。私の運用では、週に2〜3日は「該当なし」です。該当なしが出る運用のほうが、載ってきた1社の重みが増す——これを私は大事にしています。
朝一カードのサンプル
貼って送信すると、1〜2分でカードが出ます。手元のダミー案件の見本です(社名は伏せてあります)。
朝一カード 2026-09-11(金)信号: 求人票
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1. △△運輸株式会社
兆候: ドライバー求人が3か月連続掲載。今週から文言が「経験者優遇」→「未経験可・ブランク歓迎」に変更
仮説: 経験者の採用が埋まらず、教育費用と既存ドライバーの残業が膨らんでいる可能性
緊急度: 高(鮮度: 文言変更が今週/強度: 採用コストは直近の利益を圧迫する)
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2. ○○食品株式会社
兆候: 工場の「勤務シフト作成担当」求人を新規掲載
仮説: シフト作成が属人化して、手作業の負担が人手に回り始めた可能性
緊急度: 中(鮮度: 今週掲載/強度: まだ管理職採用の段階)
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本日の該当: 2社
仮説は商談で「捨てる」ためにある
ここまでの流儀を、兆候にも通します。AIの出力は事実(兆候)と解釈(仮説)の2層で、信用するのは事実だけ。仮説は、商談で外すためにあるものです。
昔、私は「求人を出している会社=困っている会社」と疑いませんでした。求人票を見つけては「人手不足でお困りでしょう」と切り出して、返ってきた言葉が「採用は順調なんですよ」だったことが2度あります。以来、兆候はアプローチの話題に使わないと決めました。兆候の用途は1つで、今日アプローチする1社を選ぶ根拠にすることです。切り出しの一文は、第2回の調査カードの箱3で作る。道具の間で役割を分けるのが、本連載の組み立て方です。
照合は2分です。カードに載った出典URLを開き、見出しとAIの要約が食い違う行を捨てます。第2回で書いた「AIの出力には古いものや別会社のものが混ざることがある」という教訓は、この道具でも同じだからです。
緊急度「高」の1社は、翌朝の調査カードに回します。調査カードの箱4「聞くべき質問2つ」で、仮説を検証する質問を作らせる。商談の冒頭で仮説が外れたら、それは成功です。外れた分だけ、次の仮説の精度が上がります。
所要時間の正体 — 5分の内訳
毎回正直に書きます。
- 検索で信号1種類の新着を拾う: 2〜3分
- 貼ってカードの生成まで: 1分
- 出典URLの照合: 1〜2分
- 毎朝の合計: 5分前後。週に25分
これでリストは「月末に8時間で作るもの」から「毎朝5分で積むもの」に変わります。私の運用では週に数社が積まり、3か月で100社を超える兆候つきのプールができました。
では月末の丸1日はどうなるか。8時間がゼロになるわけではありません。「50社を探す作業」から「積み上がったプールに優先順位を付ける作業」に変わります。条件表で上から順に拾うだけなので、実質は2時間ほど。発見を毎朝の5分に分散し、月末は絞り込みだけを残す。第1回で数えた8〜10時間のうち半分以上を消し、しかも月末リストより鮮度が上。時間と鮮度の両方を取るのが、この道具の設計です。
次回
次回は、前回から予告している商談直後の話です。議事録とお礼メールを15分で出す道具と、フォローの途切れを仕組みで潰す設計を書きます。失注のかなりの割合が、この途切れで発生しています。
書籍では、今回の兆候検出を含む見込み客発掘の全工程——過去の受注から条件を引き出す物差しの設計、公開情報からの数百社プールのAIスクリーニング、初回メールのたたき台の生成まで——を35本の道具で通しで解説しています。
見込み客をAIに探させろ — 空リストに悩む営業のための、顧客発掘の完全自動化(Kindle・読み放題対象)
書籍の詳細と読者特典はこちらのサイトにまとめています。この連載の一部は、ブログ「営業をAIに任せる実践ノート」でも公開しています。