速水拓真 営業×AI 実践シリーズ
Zenn

営業の時間は「準備」に食われている — 15年目の営業がAIに任せる前に数えた数字

初出: Zenn

朝9時、出社してまず受信トレイを開くと、返信待ちの案件が3件あります。返事を書き終えると9時半。今日は14時から新規の提案商談が入っています。相手は年商300億円の中堅食品メーカー。必要なのは、直近の決算と業界ニュースの確認、競合3社の導入事例の整理、そして提案書の仕上げです。どれも、始める前から分量が読めてしまう作業です。

9時半から企業調査に取りかかります。ニュース検索、決算短信のPDF、代表者のインタビュー記事、公式サイトの事業概要。気づけば11時を回っています。1社で30分。この後、別案件でアプローチ予定の4社の下調べもしなければなりませんから、この調子では昼休みが消えます。

午後1時から提案書です。先週の商談での相手の発言を踏まえて構成を組み直し、見積もり表をExcelで調整し、事例ページを差し替える。3時間かけて12枚。完成したのは、商談開始の20分前でした。印刷して、会議室へ向かいます。

この日、純粋に「顧客と対話した」時間は、商談の45分だけ。勤務時間9時間に対して、8%です。

これは極端な話ではありません。むしろ、私がこれまで見てきた法人営業の「よくある一日」です。

数字で見る「準備に食われている時間」

私は15年間、法人営業に従事し、その後5年間、営業現場へのAI導入を支援してきました。100社を超える営業部門を見てきた限り、準備業務にかかる時間は、業界や商材を問わず驚くほど似通っています。代表例を週単位で並べると、こうなります。

  • 見込み客リストの作成:新規開拓用に50社分を作ると、検索、Excelへの入力、社内データとの突き合わせで丸1日、8〜10時間。毎月1〜2回発生します
  • 商談前の企業調査:1社20〜30分。週5〜8件の商談・訪問があれば、これだけで週2〜4時間
  • 提案書・見積書の作成:1本あたり3〜5時間。修正依頼が来ればさらに2時間
  • フォローアップメール:1通5〜10分。1日10通送れば1時間超

合計すると、週15〜20時間。月に換算して60〜80時間です。月間の所定労働時間を160時間とすれば、営業の働く時間の4割近くが、顧客と対話しない作業に消えています。海外の調査でも、営業担当者が実際に顧客と対話している時間は週の3割前後、場合によってはそれ未満という報告があり、この数字は私の現場観察ともほぼ一致します。

問題は、これが「がんばれば縮む」類の作業ではない点です。検索して、読んで、整理して、書く。この繰り返しには、経験を積んでも処理速度に天井があります。10年目の営業がリスト50社を作っても、所要時間は2年目と大差ありません。調査の「質」は上がっても、「速さ」はほとんど上がらないのです。

さらに厄介なのは、準備業務が評価されないことです。営業の数字は受注と商談数で測られます。完璧なリストを作っても、精緻な調査メモを用意しても、それ単体を褒める人はいません。だから後回しにされ、残業で消化され、「準備で疲弊して、商談に頭を回せない」という悪循環に陥ります。

もう一つ、見えにくい罠があります。準備には「やっている感」があるのです。リストを整え、資料を詰めていると、自分はきちんと仕事をしている気がする。しかし顧客は、あなたのリストの整形具合を見ません。商談で、相手の今年の課題に踏み込めるかどうかだけを見ています。準備にかけた総時間と商談の成否は、ほとんど比例しません。比例するのは、商談の本数と、調査の「的の絞り込み方」です。

なぜ今なのか — 自動化の対象が「入力」から「制作」に変わった

これまで営業の自動化といえば、SFAやCRMへの入力を楽にする話でした。訪問記録の音声入力、名刺のスキャン。効果はありますが、軽くなったのはあくまで「入力」です。営業の時間を本当に食っているのは入力ではなく、「制作」です。リストという制作、調査メモという制作、提案書という制作、フォローメールという制作。

生成AIの登場で、この「制作」の大部分が機械に渡せるようになりました。検索し、読み、要約し、文章にする。この一連の流れは、AIが最も得意とする作業とほぼ重なります。営業は、職種の中でも生成AIとの相性が最も良い部類に入ります。準備業務の多くが「型が決まっていて、素材を集めて組み立てる作業」の連続だからです。

にもかかわらず、現場に届いている情報の多くは技術者向けに書かれています。「APIを使って」「スクレイピングで」と書かれた途端、営業の人は読むのをやめてしまいます。この連載は、その溝を埋めるために書きます。私は技術者ではありません。売れない営業をしていた時代に、手を動かして覚えた側の人間です。だから、営業の言葉で書きます。

この連載が扱う4つの領域

領域1:見込み客リストの収集 — 丸1日の作業を2時間にする

ターゲット業界の企業を検索し、一覧化し、社名・URL・電話番号・代表者名・上場区分といった欠けた項目を補完し、スプレッドシートに整える。手作業では50社に8時間かかるこの作業を、AIとの対話で2時間まで圧縮する手順を示します。さらに「数が揃った」で終わらせず、翌日のアプローチに耐える精度に仕上げるチェックポイントまで扱います。

領域2:企業調査 — 1社30分を3分にする

決算短信、プレスリリース、採用ページ、業界ニュース。これらを横断して読み、「この会社はいま、何に困っている可能性が高いか」まで落とし込みます。商談前に紙1枚の調査メモを仕上げるフォーマットと、それを3分で作るための指示文(プロンプト)を、そのまま掲載します。メモには、商談で最初に切り出す質問まで含めます。

領域3:文書作成 — 提案書を「書く」から「直す」へ

提案書、見積書の送付メール、商談後の報告と議事録。提案書は、ゼロから書く作業を「AIの初稿を直す」作業に変えます。初稿まで40分、推敲に1時間。従来の3分の1の時間で、しかも相手の言葉を多く使った提案書が仕上がります。メールは、件名・本文・目的別の型を、コピーしてそのまま使える形で掲載します。

領域4:フォローアップ — 「続かない」を仕組みで潰す

商談の後、フォローが途切れる。失注のかなりの割合が、この途切れで発生しています。文面を考えるのが面倒だから、続かない。ならば、文面の作成をAIに任せ、フォローの型を決め、送るべき対象が一目でわかるリストを整えます。意志力に頼らないフォローの設計が、この領域のテーマです。

4領域すべてに共通する方針は、理論を最小限にし、「明日の朝、あなたが実際に打ち込む手順と文章」を優先して載せる、ということです。

次回から

この連載では、次の順で道具を渡していきます。

  1. リスト収集 — 50社分のリスト作りを丸1日から2時間にする
  2. 企業調査 — 1社30分の調査を3分にする
  3. 文書作成 — 提案書を「書く」から「直す」に変える
  4. フォローアップ — 続かないフォローを仕組みで潰す

技術の予備知識は一切不要です。使う道具は、ブラウザ、生成AI、スプレッドシート。これだけです。コードが出てくるときは、中身は黒箱のままで構わない「貼って動く道具」として載せます。

AIに任せるのは準備まで。対話は、あなたがやる。この線引きを、連載の最後まで貫きます。

始める前の目安に、最初の1行だけ示しておきます。第2回で、このログを自分の手で出すところから始めます。

[2026-09-08 09:12] リスト10社ぶんの下準備をAIに投下(所要2分)
[2026-09-08 09:14] 承認待ち: 10件 / 自動仕分け済み: 7件 / 要確認: 3件

次回は、まずどの業務から手を付けるか — 投資対効果で順番を決める方法から始めます。


この連載は書籍『営業の仕事をAIに任せろ — 見込み客リストから提案書まで、1人で回す営業自動化』(Kindle発売中)の内容をもとに、加筆して公開します。

書籍の詳細と無料特典はこちら → 営業の仕事をAIに任せろ|速水拓真
この連載の一部は、ブログ「営業をAIに任せる実践ノート」でも公開しています。営業現場向けの読み物として書き下ろした回はブログ側にあります。

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