母数を数える — 見込み客は業界に何社あるか
第10回(リストは在庫である — 毎月必要な社数を先に計算する)で、リストを在庫として数える話を書きました。そのとき、関東の運送業の母数を「さしあたり2万社」と置いて、必須条件で絞って2,400社、毎月200社なら12ヶ月、という計算を通しています。そして「母数そのものはAIと数えます」と予告しました。今回はその回です。
「さしあたり」で置いた見積もりは、計算を止めないための道具としては優秀です。しかし、そのまま意思決定に使うと危険です。母数が2万社なのか5,000社なのかで、在庫の持ちは4倍変わります。分母が曖昧なまま「12ヶ月持ちます」と言うのは、目盛りのない物差しで長さを測っているのと同じです。
今回は、この分母を実測に変える手順を書きます。
母数が分からないと、判断できないことが3つある
営業の現場で「あなたの業界、何社ありますか」と聞いて、即答できる人はほとんどいません。私も答えられませんでした。答えられないままでも日々の営業は回るので、誰も困らない。しかし、リスト設計の立場に立つと、母数が無いことで次の3つが決められません。
- 在庫月数の分母が確定しない — 第10回の計算は、母数を条件で絞った数(2,400社)を分子にします。母数の見積もりが外れていれば、在庫の持ちもそのまま外れます
- その業界を狙い続けていいかが分からない — 母数が500社しかなければ、毎月200社のペースでは2ヶ月半で枯れます。条件を緩めるか、隣接業界を足すかの判断が必要です
- 条件表が厳しすぎないかが見えない — 必須条件を3つ足すたびに母数は絞られます。2万社が6,000社になり、2,400社になる。この減り方が急すぎるなら、条件の立て方そのものを見直すべきです
つまり母数は、リスト設計のいちばん外側の枠です。ここが未実測のままだと、内側の計算がどれだけ正確でも、全体は見積もりの精度でしかありません。
母数の取り方は2つある — 外から測るか、内から測るか
外から測る:公開統計と名簿を使う
業界の母数は、外から測れます。手元に何も無くても、公開されている情報で足ります。
- 政府統計(経済センサスなど) — 業種×都道府県×従業員規模で事業所数・企業数が公表されています。母数を「業種」と「地域」で切るには、これが最も網羅的です
- 業界団体の会員数 — 団体のサイトには「会員◯社」が必ず載っています。ただし後述のとおり、これは団体会員の数であって業界の総数ではありません
- 許認可の台帳 — 運送業、建設業、人材派遣など、許認可が必要な業界には行政の許可事業者一覧があります。許可が要る業界では、これが実質の母数です
- 上場企業なら開示資料 — 有価証券報告書やEDINETで、業界の主要企業の規模が分かります
注意点は、これらの数字がそれぞれ別のものを数えていることです。政府統計の「事業所」には支店が1件ずつ入ります。業界団体の「会員」は本社だけです。後述しますが、ここを混ぜると母数は平気で2倍にも半分にもなります。
内から測る:手元のリストから逆算する
第9回(リストの精査と順番を点数で決める)で、3つの情報源から集めた1,248社を点検して、97社の重複を削って1,151社にした話を書きました。業界団体の会員名簿から480社、展示会の出展者一覧から310社、AIの検索リストから458社です。
この1,151社という数字は、母数の下限として使えます。つまり「この業界には少なくとも1,151社ある」ことは、集め切った実績で証明されています。
もう一段踏み込むと、3つの情報源の重複の少なさが母数の広さを示します。480社と310社と458社を合わせて重複が97社——同じ業界を3方向から眺めて、この程度しか重ならなかった。母数は1,151社よりはるかに大きい、と推定できます。
AIにやらせる — 統計を渡して条件で絞らせる
ここからが本題です。母数の実測は、AIに任せられます。やり方は単純で、測る材料を渡し、絞る条件を渡し、数を出させるだけです。条件は第3回(企業調査 — 1社30分を3分にする)から使っている必須条件をそのまま流用します。
指示文の型はこうです。
あなたは法人営業のリスト設計を手伝う調査アシスタントです。
以下の統計資料(または名簿)を読み、指定した条件で絞り込んだ社数を数えてください。
【材料】
(統計ページの内容、または名簿のテキストをここに貼る)
【絞り込み条件】
必須1: 業種 = 運送業(一般貨物自動車運送事業)
必須2: 従業員数 = 30人以上300人以下
必須3: 所在地 = 東京・埼玉・千葉
【出力形式】
1. 母数(条件を適用する前の総数):
2. 必須1を適用した後の数:
3. 必須1+2を適用した後の数:
4. 必須1+2+3を適用した後の数:
5. 出典(資料名・年度・ページまたは表番号):
6. 数えられない項目があれば、その旨と理由:
【禁止】
推測で数字を埋めないこと。資料から読み取れない場合は「読み取れない」と書いてください。
この型で重要なのは、4段階の数を分けて出させる点です。最終的な2,400社だけを出させると、どこで絞られすぎたのかが見えません。母数→必須1→必須1+2→必須1+2+3と並べると、どの条件が効きすぎているかが一目で分かります。2万社が6,000社になるのは妥当ですが、6,000社が500社になるなら条件3が厳しすぎます。
もう一つの要点は、出典を書かせることです。数字だけを出させると、それらしい数が返ってきます。私も一度これで痛い目を見ました。統計の年度も表番号も確認せずに母数を資料に書き、後から出典を辿ったら、そもそも別の業種の数字でした。出典が書けない数字は、使わない。これが母数調査の唯一のルールです。
そして「読み取れないときは読み取れないと言う」という制約を明示します。AIは空欄を埋めたがるので、埋めなくていいと教えておく必要があります。
統計と名簿はズレる — 同じ定義で2回測る
母数を実測すると、必ず同じ壁に当たります。出典によって数が違うのです。
- 政府統計は事業所を数える。支店も1件。名簿は法人を数える。本社だけ
- 業界団体の会員数は、団体に加入していない会社を含まない。加入率が5割なら、母数の半分しか見えていない
- 許認可台帳は、許可を持っているが営業していない会社も含む
- 統計の年度が違えば、廃業・新設・合併で数は動く
同じ業界を「2万社」と言い、「1万2,000社」と言い、「8,000社」と言う資料が並び立つのは、嘘をついているからではなく、数えている対象が違うからです。
対策は1つです。定義を決めて、同じ定義・同じ出典で測る。 私の場合は「政府統計の事業所数」に統一しました。「◯◯年経済センサス・運送業・関東1都5県」と出典まで書いておけば、次に測るときも同じ物差しで比較できます。四半期ごとに数え直すなら、なおさらです。定義を固定しないと、増えたのか減ったのかすら分かりません。
母数が分かると、何が変わるか
実測した母数は、第10回の計算にそのまま入ります。母数2万社→必須2(従業員30〜300人)で6,000社→必須3(本店が東京・埼玉・千葉)で2,400社。毎月200社なら12ヶ月です。
ここで新しい判断が2つ生まれます。
1つ目は、到達可能性です。 母数から絞った2,400社に対して、毎月200社ずつアプローチする。1年でリスト全体に触れる計算になります。母数2万社から見れば、1年で触れるのは12%です。業界全体に届くには100ヶ月、8年以上かかる。これは悲観材料ではなく、優先順位の材料です。8年かかるなら、条件を絞って濃い2,400社に集中するのが正解で、母数2万社を薄く広く追うのは正解ではありません。
2つ目は、条件の妥当性です。 母数2万社に対して必須3つで2,400社——ここまで絞ると、1年戦える在庫になります。書籍でも「8ヶ月以上なら合格」という基準で書きました。逆に、必須条件を足して母数が300社まで落ちたなら、その条件表は1ヶ月半で枯れます。母数の実測は、条件表の健康診断でもあるわけです。
母数は「今日の数字」ではない
最後に実務的な注意を1つ。母数は毎年動きます。廃業があり、新設があり、合併があります。統計の年度も更新されます。
ですから、一度数えたら終わりにしないでください。私は年1回、同じ出典・同じ定義で数え直すと決めています。四半期ごとの条件見直し(第9回)のタイミングで、母数の実測値も更新する。これで分母が古いまま在庫を計算し続ける事故を防げます。
母数を数えるのに、丸1日は要りません。統計を1つ決めて、上の指示文を送って、出てきた数字を条件表の先頭に書き写す。それだけです。
今日やること
- 出典を1つ決める(5分) — 業種と地域が切れる政府統計を選びます。許認可業界なら行政の台帳でも構いません
- 上の指示文をAIに送る(10分) — 統計の該当箇所か名簿を貼り、必須条件を渡します。4段階の数と出典を出させます
- 出典が書けない数字は捨てる(5分) — 出典が空欄の項目は採用しません。読み取れないと言われた項目は、条件を変えて再挑戦します
- 条件表の先頭に1行で書く(3分) — 「母数◯◯社・◯◯年・出典:◯◯」。書式は「◯年◯月時点」まで含めます。次に測るのは1年後です
次回から
次回、第12回は「集めたリストに、何を書いておくか」を扱います。母数と在庫が分かったら、次は実際に手を動かす段階です。リストの1行ずつに、AIと一緒に何を書き足しておくか——調査の順番と記録の型の話をします。
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