商談KPIの設計 — 商談から受注の3段漏斗で、止まっている場所を数字で特定する
私は営業15年目の速水拓真です。前回は、商談メモから次のアクションを自動で起こす「タスクの仕組み」までを組みました。ここまでに作ってきた道具は、どれも案件を動かす歯車です。今日から始めるのは、その歯車がちゃんと効いているかを測る「速度計」の話です。著書『商談をAIに鍛えさせろ』の第7章、商談KPIの設計に入ります。
KPIというと響きが堅いのですが、中身は素朴です。案件がどの区間をどれだけ通り抜けたかという、割り算の数字のことだと思ってください。
「商談14本なのに、受注1件」の正体
「先月、商談を14本も入れたのに、受注は1件しか取れなかった」——この言葉を、私は営業現場で何十回も聞いてきました。そして大半の担当者は、自分でこう結論づけます。「今月は商談を20本に増やそう」。ここが落とし穴です。
仮にその14本のうち、2回目の商談まで進んだのが5本、見積書を出したのが2本だったら、どうでしょうか。受注1件の原因は「商談が足りない」ではなく、「初回の先に進めていない」のほうにあります。商談を20本に増やしても、同じ場所で同じ数だけ止まります。
受注が増えない理由は、人によって違います。初回の聞き方が浅い人もいれば、決裁者に会わないまま見積を出す人もいます。病気が違うのに同じ薬を飲んでも、治る理由がありません。だからこの章では、案件がどこで止まっているかを数字で特定し、その場所だけを直します。その土台になるのが、今日設計する3段漏斗です。
月次報告には、数字の空白がある
営業担当者が月次報告で口にする数字は、たいてい2つです。「今月の商談◯本」「受注◯件・◯円」。入力と出力だけです。あいだで何が起きたかは、誰も報告しません。
この空白があると、上席の指示は必ず二択になります。「アポを増やせ」か、「クロージングを磨け」か。そしてこの二択は、しばしば外れます。初回から2回目への転換が壊れている人にクロージング研修をしても、数字は1ミリも動きません。提案から受注の転換が弱い人がアポ獲得を1.5倍にすれば、失注案件が1.5倍になるだけです。
空白を埋めるには、商談から受注までの道のりを区切って、各区間の通り抜け率を見るしかありません。区切りは多いほうが良くありません。私は3区切りを推奨します。
3段漏斗 — 判定はすべて「事実」で行う
3段漏斗は、案件の進行を次の3区間で捉えます。
- 段1: 初回商談 → 2回目以降の商談が1回でも開かれた(証拠はカレンダー)
- 段2: 2回目以降の商談 → 提案書・見積書を提示した(証拠は送信履歴)
- 段3: 提案・見積の提示 → 受注した(証拠は契約・正式発注)
どの段も、判定は事実の二値です。2回目の商談をやったか、やっていないか。見積書を送ったか、送っていないか。カレンダーと送信履歴を開けば、誰が見ても同じ判定になります。「有望度B」「検討中」のような主観ラベルと違って、数ヶ月で入力が形骸化しません。
段を3つに留める理由は2つあります。第一に、段が増えると分類がぶれるからです。顧客管理システムは案件を7〜10段階で管理できますが、主観ラベルは入力が面倒なうえ、後から見ても自分が何を書いたのか分からなくなります。第二に、3段は「直すべき技術」にきれいに対応するからです。段1は「初回商談で相手の課題を引き出せたか」、段2は「予算と決裁プロセスを掴んで提案を相手に合わせられたか」、段3は「提示のあと、決裁を最後まで落とし切れたか」。判定が事実だけなので、数字と改善行動が1対1で結びます。
なお、前作『見込み客をAIに探させろ』では、見込み客を探す側の計器として発掘KPIの3段漏斗(プール→接触→アポ)を設計しました。今日の3段漏斗は、その続きです。あちらが「商談まで」の速度を測る計器なら、こちらは「商談から受注まで」の速度を測る計器です。2つが揃うと、リストの在庫から受注までが一本の線でつながります。
自分の3つの転換率を出す — 5つの集計ルール
定義が決まったら、過去の案件で数字を出します。集計は5つのルールで行います。
- 対象期間は「平均受注サイクル×2」を遡る。 初回商談から受注まで平均3ヶ月の商材なら過去6ヶ月です。期間が短いと、いずれ受注に至るはずの進行中案件まで「進まない案件」として数えられ、転換率が実際より低く出ます。サイクルが掴めなければ、まず過去6ヶ月で始めてください
- 分母は、期間内に初回商談を行ったすべての案件。 失注案件も含めます
- 継続中の案件は、現時点で到達している段まで進んだものとして数える。 翌月に受注しても、今回の集計では「提示段階で継続中」です
- 失注案件は「その段で止まった案件」として数える。 初回で終わった失注は、段1の分母だけを膨らませます
- ノーカウントは作らない。 「これは特殊な案件だから外す」と除外した瞬間から、数字は自分に都合のいい形に歪みます
材料は、すでに手元にあります。前回までに作った商談タスクシートには、動いている案件が並んでいます。過去案件は、見積書を送ったメールの検索履歴と商談カレンダーが証拠になります。台帳が完璧でなくても構いません。1案件1行のメモで足り、初回の集計は粗くて当然です。
計算は単純です。過去6ヶ月で初回商談40本、2回目以降があった案件24本、見積を提示した案件16本、受注6件だった場合——
- 段1: 24÷40=60%
- 段2: 16÷24=67%
- 段3: 6÷16=37.5%
- 全体受注率: 0.6×0.67×0.375≒15%(初回40本で受注6件)
3つの転換率は、掛け算でつながっています。1段でもゼロになれば全体がゼロです。この性質が、この後の改善の優先順位を決めます。
道具49: 案件一覧から漏斗を計算させる
集計と診断は、AIに丸投げします。道具49は、案件一覧を貼ると3つの転換率を計算し、最も弱い段を指摘する道具です。中でどう計算しているかは理解しなくて構いません。出てきた数字と指摘だけを読んでください。
まず案件を1行1件で書き出します。書式は自由ですが、案件名・初回商談日・2回目以降の有無・提示の有無・結果(受注/失注/継続中)が分かるようにします。
A商事 生産管理システム | 初回4/2 | 2回目4/18あり | 見積5/9提示 | 6/12失注(競合他社)
B工機 設備更新 | 初回4/9 | 2回目なし | 4月末失注(社内で凍結)
C物産 在庫可視化 | 初回4/16 | 2回目5/2あり | 提示6/6 | 継続中
20〜30行書けたら、次のプロンプトをコピーして、カッコ内を自分の状況に置き換えて実行します。
あなたは法人営業のKPI分析担当です。私の案件一覧から「3段漏斗」の転換率を計算し、診断してください。
[漏斗の定義]
段1: 初回商談 → 2回目以降の商談が1回でも開かれた
段2: 2回目以降の商談 → 提案書または見積書を提示した
段3: 提示 → 受注(契約または正式発注)
[集計対象期間]
(例: 過去6ヶ月)
[集計ルール]
- 分母は、期間内に初回商談を行ったすべての案件とする
- 継続中の案件は、現時点で到達している段まで進んだものとして数える
- 失注案件は「その段で止まった案件」として数える
- 判定に必要な情報が欠けている案件は、無理に数えず「判定不可」として別に挙げる
[案件一覧](1案件1行)
(書き出した案件一覧をここに貼る)
[出力形式]
1. 段1〜段3の各転換率(案件数と%)、3段を掛けた全体受注率
2. 判定不可にした案件と、追加で教えてほしい情報
3. 最も弱い段と、その段が弱いときに考えられる原因3つ
4. 最も弱い段の転換率を10ポイント改善した場合、対象期間の受注件数が何件増えるかの試算
5. 次回の集計で気をつけるべき注意点2つ
出力のうち最も重いのは4の試算です。前述の例(60%・67%・37.5%)なら、段1を10ポイント上げると全体受注率は0.7×0.67×0.375≒17.5%まで上がり、受注は6件から7件になります。一方、受注1件の価値は初回商談1÷0.15≒6.7本、約7本分です。つまり、初回商談を7本増やすのと、段1の転換率を10ポイント上げるのは、効果がほぼ同じなのです。アポ7本の獲得と、初回の聞き方の改善。多くの現場では、後者のほうが早く安く実行できます。
転換率の読み方 — 弱い段の直し方
数字が出たら読みます。基準は2つです。1つ目は「自分の初回測定値」。道具49で初めて出たあなたの数字が、あなたの基準線です。2つ目は「自分の前月比」。基準線から何ポイント動いたかだけを見ます。参考までに、私がBtoB営業の現場で見てきた健康ラインは「段1: 50%台、段2: 60〜70%台、段3: 30〜40%台」です。ただし商材・顧客・新規か既存かで大きく変わるため、世間の数字より、3ヶ月後の自分の数字を気にしてください。
段1が50%を切る — 初回の先に進んでいない。 2回目が開かれないのは、初回商談で相手の課題を掴めなかった案件です。「資料を送っておきます」で終わる初回は、ほぼ例外なくこの段で止まります。直す場所は、初回の事前準備と聞き方を前章までの道具で組み直すか、見込み客の質そのものです。後者なら、前作『見込み客をAIに探させろ』で組んだ発掘の仕組みに戻って、リストを絞り直します。
段2が60%を切る — 予算と決裁が掴めていない。 2回目以降が「相手の都合で延期」を繰り返して消えていく形が典型的です。予算感と決裁プロセスを確認せずに提案を作った案件は、先方の稟議で止まります。直す場所は、2回目の商談の前半に「この件を進める場合、社内では誰の承認が必要になりますか」という質問を置くことです。この1問で段2は大きく動きます。
段3が30%を切る — 決裁者に会わないまま出している。 提示後に「検討します」と返ってきて、動かなくなる案件が目立つパターンです。窓口担当者にしか会っていない案件は、提案書が決裁者に届く前に握りつぶされます。直す場所は、提示の前に決裁者を商談に呼ぶ設計です。「提案の機会には、決裁される方にも同席いただきたいのですが」という依頼を、2回目の終わりに置きます。提示の中身——値段の言い方や競合と比べられたときの答え——を磨く前に、まず決裁者の目に触れる場所まで案件を運びます。
3段とも弱いなら、段1から直す。 漏斗は掛け算です。前の段が壊れたまま後ろの段を直しても、案件の流量が足りません。1度に直すのは1つの段だけ。2つ同時に直すと、何が効いたのか分からなくなります。
道具50: 受注目標から必要商談数を逆算する
KPIは、測るためだけの数字ではありません。目標に届くための行動量を割り出す数字です。道具50は、3つの転換率と受注目標から、必要な初回商談数を週単位まで分解します。仕組みは理解しなくて構いません。転換率と目標を入れたら、行動計画の数字が出てくる道具と考えてください。
あなたは法人営業の目標逆算のアドバイザーです。私の受注目標から、各段に必要な案件数を逆算してください。
[入力情報]
- 受注目標:(例: 3ヶ月で6件。金額目標なら「3ヶ月で900万円」)
- 平均受注単価:(例: 150万円)
- 段1転換率(初回→2回目):(%)
- 段2転換率(2回目→提案・見積提示):(%)
- 段3転換率(提示→受注):(%)
- 初回商談1本を獲得するのに必要な活動の目安:(例: テレアポ15コール、紹介依頼3件。分かる範囲で)
[出力形式]
1. 目標達成に必要な、提示案件数・2回目以降の商談数・初回商談数
2. 必要な初回商談数の月別・週別分解
3. 必要な初回商談数が現実的でない場合の代替案2つ。それぞれ「どの段の転換率を何ポイント上げると、初回商談が何本減るか」を試算して示す
4. 毎週月曜に手帳に書くべき3つの数字
5. 3ヶ月後の中間チェックで確認する指標とそのライン
前述の例(60%・67%・37.5%)で、3ヶ月の受注目標を6件とすると、必要な初回商談は6÷0.15=40本。月13〜14本、週3〜4本です。この「週3〜4本」が、あなたの経営資源になります。週の予定を組むときは、アポ獲得の活動がこのラインを下回っていないかだけを確認します。
週4本が明らかに無理な場合は、道具50の出力3が代替案を出します。たとえば段2を67%から80%に上げると、全体受注率は0.6×0.8×0.375=18%に上がり、必要な初回商談は6÷0.18≒33本。月11本、週2〜3本まで下がります。段2を80%にする具体策は、先に書いた「2回目の前半で予算と決裁者を確認する」です。逆算があるおかげで、何をいつまでに直すかが、感覚ではなく数字で決まります。
毎週の運用 — 月曜の棚卸しに「4カウント」を足す
KPIは、毎週の棚卸しに接続して初めて回り続けます。前回組んだ道具48の商談タスクシート(週1回・10分の棚卸し)に、次の4つの数字を記入する行を1本足してください。
- 今週の初回商談数
- 今週の2回目以降の商談数
- 今週の提示数(提案書・見積書を送った案件数)
- 今週の受注数
この4つを「4カウント」と呼びます。役割分担は明確です。4カウントは週次で記録する「行動の量」。3つの転換率は月末に道具49で計算し直す「行動の質」です。月末の更新では、商談タスクシートの案件行をそのまま道具49に貼れば、1から書き直す必要がありません。転換率を月次に置くのは、案件の積み上がりを前提とする数字だからです。週次で出すと分母が小さく、1件の揺れで20ポイント前後ぶれます。
4カウントには、もう1つの効用があります。転換率が落ちる前に、落ちる予告を捉えられることです。今週の提示数が3週連続でゼロなら、来月の段2転換率が下がることが、この時点でほぼ確定しています。月次の数字に現れる1ヶ月前に、対策を打てます。棚卸しの10分のうち2分を、この4行の記入に使ってください。
チームを預かる立場なら、メンバーごとに道具49を回してみてください。1on1が変わります。「もっと頑張れ」が「あなたの段2が47%だから、2回目の前半で決裁者を確認する質問を入れよう」になります。段ごとの弱さは人によって別の病気なので、指導は段別に処方するのが正解です。
今日やること
- 対象期間(平均受注サイクル×2。迷ったら過去6ヶ月)の案件を、記憶とメール履歴から1行1件で書き出し、道具49で3つの転換率を出す(実行30分)。出た数字を手帳の最初のページに「基準線」として書く
- 3ヶ月の受注目標を1つ決め、道具50で必要な初回商談数を逆算する(実行10分)。「週◯本」を手帳の週ページに書き、週の予定がそのラインを下回っていないか見る
- 商談タスクシートに4カウントの行を1本足す(実行5分)。次の月曜の棚卸しで、初めての記入をする
今日はここまでで合格です。
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📗 シリーズ全3冊: 営業の仕事をAIに任せろ ・ 見込み客をAIに探させろ ・ 商談をAIに鍛えさせろ