「会社の規定や機密情報が不安で、AIに仕事を渡すのが怖い」に答える — 渡す前に置換する・許可を取る・規定がNGなら手元で回す
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私は営業15年目の速水拓真です。
第55回では「道具が多すぎて、どれから始めればいいか分からない」に、第56回では「始めたのに、3日で続かなくなった」に、第57回では「部下やメンバーに勧めたのに使ってくれない」に答えてきました。Q&A形式4回目の今日は、この3つよりも前の段階で止まってしまう人向けの質問です。道具の選び方でも、続け方でも、広め方でもない。「始める前の怖さ」の話です。効果の話を聞いて「やってみたい」と思った瞬間に、真っ先に立ちはだかる壁——Q&Aを始めて4回目でこれを扱うのは、順番として当然でした。
今回の質問
「効果は分かった。でも、顧客の会社名や商談の中身、見積の金額——そういう情報をAIに入れていいものか分からない。社内規定で外部のAIが禁止されているかもしれない」
(この連載に届いた声をそのまま引用するのではなく、前回までの流れで次に来ると見込まれる質問として、想定して設定しています。)
最初にはっきり書いておきます。この質問は、逃げの言い訳ではありません。ここで手を止めて「本当に渡していいのか」と確認しようとする人のほうが、情報の扱いという意味では健全です。私自身、AIに仕事を渡し始めた最初期に、まったく同じ場所で手が止まりました。あのとき整理した結果、怖さの正体は4つに分けられます。しかも4つとも、この連載ですでに扱った型の中に、答えが入っています。
- 渡す情報 — 固有名詞を置換してから渡す(第30回)
- 録音と文字起こし — 先方の許可を取る(第34回)
- 社内規定 — NGなら「手元回し」に切り替える(第52回)
- AIの出力 — 捏造を前提に、確認形で使う(第31回)
以下、順番に書きます。
対処①:固有名詞を置換してから渡す
最初に結論を書きます。AIに渡したいのは「仕事の構造」であって、「固有名詞」ではありません。
第30回で書いたとおり、商談の仕事は「AIに書ける作業」と「人間の仕事」に分解できます。提案書の構成、フォローメールの型、商談前のブリーフ(1枚600字・6項目の準備メモ)——これらをAIに作らせたいなら、渡すのは仕事の構造の説明と、置換した事実関係だけで足ります。第30回の道具に組み込んだ置換の型は、社名は◯◯社、金額は□□万円と書き換えてから渡す、というものです。◯◯社への提案書の初稿が欲しければ、「◯◯社への提案」として渡す。数字の根拠になる金額は、□□万円。AIが返してきた初稿に、後から人間が固有名詞を戻します。固有名詞を戻す仕事は、第30回で言う「人間の仕事」の側に、最初から置いておけばいいのです。
「置換して渡すと、出力の精度が落ちるのでは」と思うかもしれません。逆です。第49回で書いたとおり、型の品質は一般論を1行も足さないことで保たれます。案件の中身を語る言葉——課題、日程、条件、詰まった論点——が置換せずに残っていれば、精度は落ちません。落ちるのは、置換が面倒で「そのまま貼る」を選んだときです。そして「そのまま貼る」は、精度の問題になる前に、まず情報の扱いの問題になります。
対処②:録音と文字起こしは、先方の許可が要る
商談を録音して文字起こし(音声をそのまま文章に直すこと)に使いたい人には、もうひとつ怖さがあります。「先方の商談を勝手に録音するのは問題ではないか」。
第34回で書いたとおり、商談の録音は先方の許可が要ります。私の現場では、許可が取れたのは10商談9でした。断られた1件は、今までどおり手で議事録を取ればいいだけの話です。10のうち9が「どうぞ」と言うのに、断られる1件を想定して全部を諦めるのは、損の取り方として不釣り合いです。
この抵抗も、構図を整理すると消えます。営業が商談の議事録を残すのは、もともと「あって当然」の所作です。それがICレコーダーか、録音アプリか、文字起こしサービスかの違いであって、やっていることは議事録作成のままです。だから許可の取り方も、商談の冒頭の一言で済みます。「議事録として録音させてください」。私の経験では、この一言で商談の空気が壊れたことはありません。むしろ、商談後の議事録の共有が正確になるぶん、先方の信用は増します。
対処③:社内規定がNGなら、手元で回す
ここが今日、いちばん伝えたい部分です。社内規定が「外部のAIに情報を渡すな」「Web会議を録音するな」だったとしても、効率化をあきらめる理由にはなりません。
第52回で書いたとおり、外のAIが使えない会社向けに、道具68・69の型は「手元回し」で動くように作ってあります。手元回しとは、商談の情報を外に送らず、自分の手元に置いたまま、型に沿って整理だけを進める回し方です。外に出ていくのは「仕事の依頼の書き方」(プロンプト——AIに渡す仕事の依頼書のこと)という形だけで、実案件の情報はいっさい外に出ません。この回し方でも、商談の準備は縮みます。手作業なら1件25分×4件=100分。手元回しにすると前夜3分+朝15分=18分に収まり、差の82分は規定があっても回収できます。規定は、道具を禁止しているのではなく、渡し方を制限しているだけです。
そして、規定そのものを、まず1回だけ確認してください。確認先は情報システム部門か、就業規則や情報セキュリティ規定の該当ページです。私が見てきた現場で意外と多かったのは、「禁止されている気がする」だけで、実は誰も調べていなかったケースです。規定の中身を知らないまま使わないでいるのは、道具を渡されて使わないのと同じ形の損です。規定が分かったら、対処①〜④の中から使えるものが必ず見つかります。全部がNGの会社は、私の知るかぎりありませんでした。
対処④:AIは事実を捏造する — だから確認形で使う
最後は、情報を渡す渡さないとは別のところにある怖さです。「AIの出力が正しいか、分からない」。
第31回で書いたとおり、AIは事実を捏造します。 先方の会社について書かれた出力は、正しいとも間違っているともつかない前提で扱います。だからこそ、ブリーフの仮説は断定形の「◯◯のはず」で書いて、商談の場で先方に訂正してもらう。先方についての情報は、確認形の「〜と伺っていますが」で使う。外から集めた情報は、出典を1分だけ確認する(第52回)。外の通知は100%届くとは限らないので、届かないときは『外情報なし』でも回る設計にしておく——これも第52回のとおりです。
つまり、丸投げをしない。渡す前に置換し、出てきたものは確認して使う。 この一組を回せば、「AIが間違ったことを書いて先方に送ってしまう」怖さの大部分は、設計で消せます。残るのは確認という人間の仕事で、それは第30回の役割分担のとおり、最初からあなたの手元に残している仕事です。
最初の1本は、「機密ゼロで回せる道具」から選び直す
ここまでを、第55回の「最初の1本」の選び方につなげます。道具選びの物差しは2つありました。「いちばん重い仕事」と「役割別の入口」です。規定や機密が不安なあなたには、3つ目の物差しを足してください。「情報をどれだけ渡すか」です。この物差しで道具を並べると、順番はこうなります。
- 機密ゼロで回せる道具。 代表はAIロールプレイ(AIに練習相手を演じさせる予行演習)です(第50回)。練習相手の設定は架空の会社で作ります——金属加工部品製造業、年商80億円、従業員320名、相手は52歳のA室長。実在の顧客の情報をひとつも渡さずに、商談の予行演習が何度でもできます。
- 置換すれば回せる道具。 提案書の初稿、フォローメール、お礼メール。社名を◯◯社、金額を□□万円に置換して渡して、戻すのは人間の手元だけ。
- 先方の許可が要る道具。 商談の文字起こし。許可は冒頭の一言で取ります(第34回)。取れなかった商談は、手で議事録を取ればいい。
機密ゼロ → 置換 → 許可。 この順で始めれば、最初の1本を動かす前の怖さは、もう要らなくなります。しかもこの3段は、進みながら並べていいものです。機密ゼロの道具で腕が上がった人が、置換に挑み、初めて録音の許可を取りに行く——自然な順番はこの順番です。
今日やること
- 情報管理の規定を、1回だけ確認する。確認先は情報システム部門か、規定文集の該当ページ。「禁止されている気がする」で止まらない
- 最初の1本を、機密ゼロで回せる道具から選び直す(第55回の物差し+今日の3つ目の物差し)
- 置換のルールを1行決めておく。社名は◯◯社、金額は□□万円。渡す前に置換し、戻すのは人間
- 商談の録音を使うなら、次の商談の冒頭に「議事録として録音させてください」の一言を仕込んでおく(第34回)
- あなたの会社の規定や、AIに渡していい情報の線引きで迷っていることがあれば、この記事のコメントで教えてください。それがこの連載の次のテーマになります
効果の話と規定の話は、対立しません。規定のある会社の営業ほど、型の恩恵は大きい——情報の扱いを設計できる人は、道具を安全に回せる人だからです。怖さの正体を4つに分解して、1つずつ設計で潰した今日は、ここまでで合格です。
この記事の元になった書籍では、役割分担の設計、文字起こし、定時実行の章で、AIに渡す情報と手元に残す情報の線引きを、道具ごとに扱っています。
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