後輩が戻った朝、ゼロの行だけが増えていた話
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こんにちは。速水拓真です。
前回は、落ちた月を層に分けて数える話を書きました。あの話がそもそも成立するのは、日々の行がちゃんと積もっていたからです。今日は、その行を毎晩どう書き止めているかの話です。正直に言うと、この2日間、私の記録にはゼロの行しか増えていませんでした。
戻ってきた後輩と、届いていた1行
今朝、後輩が2日ぶりに出社してきました。鞄を置くなり開いたのが、例の61位の会社のページです。火曜の昼に送った1文に、返事が1行、届いていました。朝6時に立てた機械の見張りは、彼がいない2日間も回り続けていました。返事は、復帰の朝にちゃんと届いていたのです。不在を埋めた仕組みの話は前に書いたので、今日はここまでにしておきます。
後輩が戻ってひと息ついた頃、私は別の記録を開いていました。毎晩、終業前に書いている3行の記録です。2日分を並べて、少し笑ってしまいました。準備の行だけが伸びていて、商談の行と提案の行には、ゼロが並んでいたのです。
15年前、私は記録を全部残そうとしていた
この3行になる前の私を思い出します。15年前、私は記録を全部残す男でした。案件の経緯、商談で相手が漏らしたひと言、次のアクション、その日に気づいたこと。終業後に日報を書くだけで30分かけて、書き漏らしが怖くて、表の列はどんどん増えました。正確にやろうとしていたのです。
3週目で、書かなくなりました。
正確さが、書かない理由になりました。忙しい日の30分は、どうにも削れない工数です。書けない日は、その行を空白のままにしました。1日だけのつもりが2日、3日と続く。月末に表を開くと、半分以上が空白の記録は、もう何も語りませんでした。書いてあった行の細かさだけが残って、「あの日、何をしたっけ」という肝心の中身は、どこにもありません。
全部残そうとしたのに、何も残らなかったのです。
残せなかった理由は、捨てられなかったこと
後で考えると、原因は分かっています。私は残すものを決める前に、捨てるものを決めていませんでした。「この行、後で必要になるかもしれない」。そのひと言で、列は増え続けました。けれどこの仕事を20年やってきて、月末に読み返して役に立った行は、ほんの一握りでした。残りは、書いた瞬間から一度も開かれていません。
捨てる基準を持たない人は、全部を失います。ゼロを書いた表は、空白の表に負けません。ゼロは「その日は何もなかった」という事実を残します。空白は「何もなかったのか、やらなかったのか」を残さない。15年前の私は、正確さを追いかけるあまり、事実そのものを書き止めるのをやめていました。細かく残そうとする記録ほど、3週目で死にやすいのです。
AIに任せてから、設計を逆にした
AIに仕事を任せ始めた頃、この記録の設計を逆さまにしました。何を残すかを考える前に、何を書かないかを先に決めたのです。
残すのは、3つだけです。準備にかけた時間。商談をした数。提案を出した数。理由は単純で、営業の仕事は準備する・話す・形にするの3つの工程にほぼ尽きるからです。工程の1つずつに数字を1つ置いておけば、並べたときに自分の営業のかたちが見える。どこに時間を注いで、どこで止まっているか。
受注額は入れません。月末まで動かない数字を毎日眺めても、直しようがないからです。アポイントの数も入れません。先方の都合で大きくブレる数字は、日々の記録をごまかすからです。書くのは「すでに起きた事実」だけ。事実だけを数える記録は、うそをつきにくい。
毎晩2分、15分刻みの丸め
書き方は、極端に単純にしてあります。終業時に2分。3行を書いてAIに渡すと、1行にまとまって返ってくる。それを貼って、1日が終わりです。
数字は、15分刻みに丸めます。50分かかった日は60分と書く。タイマーは回しません。振り返って、感覚で丸めます。部内で「そこまで雑で意味がありますか」と聞かれたことがあります。答えは決まっていました。記録に必要なのは、精度ではなく一貫です。準備の時間が問題になるのは週で数時間、月で数十時間の単位であって、5分の誤差が結論を変えることはありません。逆に、タイマーを回す正確な記録は3日で挫折し、その後は空白が続く。丸めた数字を毎日積むほうが、正確な数字を3日でやめるより、ずっと価値があります。
ゼロを書く2分のほうが、重い
そして今週に戻ります。後輩が休んだ2日間、私は朝の巡回を引き受けました。だから準備の行は伸びた。けれど私自身の商談と提案は、動いていません。毎晩、私は「商談、ゼロ。提案、ゼロ」の行を書きました。
書きながら気づいたのですが、ゼロを書く2分は、数字を書く2分よりずっと重いのです。悔しさを自分で確かめて、書き止める2分だからです。書かずに空白にすれば、その夜の気分は楽になります。けれど空白は後から何も残さない。私は15年前に、それで表をまるごと失ったばかりです。
だからゼロも書きます。ゼロは、立派な記録です。事実を曲げずに書き止めているかぎり、その表は死にません。それに、ゼロが2日続いたことには意味がありました。準備の箱だけが伸びて、対話と成果物の箱が空っぽだった。詰まっている場所が、地図のように見えたのです。今朝、その詰まった準備のなかからAIが引き取れる作業をもう1つ選んで、浮いたぶんを来週の商談に回すことにしました。記録は頑張りを裁く物差しではありません。詰まりを探す地図です。ゼロの行は、その地図のいちばん濃い印です。
下がりそうな週に、人は定義をすり替える
もう1つ、この記録を回していて学んだことがあります。数字が下がりそうな週、人は記憶をごまかさない代わりに、判断のすり替えを始めるのです。「あれは商談というより、ちょっとした電話だったな」。その電話を商談に数えるかどうかが、その日の気分で決まってはいけません。定義が週によって広がると、伸びた数字と本当に増えた数字の区別がつかなくなり、ログは死にます。
だから商談の数だけは、機械に数えさせています。運用はひとつだけ。カレンダーに商談を入れるとき、件名に「商談」という言葉を入れる。それだけです。数え方の欲張りを止める役も、機械に任せてしまっていい。
測り始めの1か月は、ただ測る
運用上の約束が、あと2つあります。1か月目は、何も直しません。数字が出るとすぐ直したくなりますが、比べる相手がいない状態で直しても、効いたかどうか確かめられない。1か月目は「普通」を採る期間です。直すのは2か月目から。
そして、この記録を人事の評価に使わないこと。準備の時間を評価に使えば、申告の時間は一斉に縮みます。商談の数を評価に使えば、定義は一斉に広がる。数字がきれいに整った瞬間、記録はうその集まりになるのです。この記録は、改善のためにだけ使います。
任せる線
並べて読むのはAIです。3行を1行にまとめるのも、月末に4週分を読んで詰まっている工程を指すのも、機械の仕事で、1分で終わります。渡さないのは、ゼロの行を書くこと。悔しさを引き受けて事実を書き止める2分は、人間の仕事のままです。詰まった場所をどう直すかを選ぶのも、人間です。15年前の私は、機械に任せられる整列を人間の手で抱え込んで、その重さに書くのをやめていました。
今週、ひとつだけ試すなら
終業前に2分だけ、3行の記録を書いてみてください。準備にかけた時間、商談の数、提案の数。書けない日は、ゼロと書く。1か月は読み返さない、直さない、人に見せない。1か月たって初めて、並べた行から自分の詰まりを読んでください。全部残そうとしていた私の表は3週で死にました。ゼロを含めて3行を書き続ける表は、1年たった今も生きています。書かなかった日は一度もありません。ゼロの日は、何度もあります。
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