速水拓真 営業×AI 実践シリーズ
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手帳の「残り75社」は、分母を取り違えた数字だった話

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こんにちは。速水拓真です。


前回は、朝の机に着く前に、その日の商談の準備が並ぶ仕掛けの話を書きました。今日は、話をいちばん手前に戻します。商談の相手を探す前の話——そもそも、手持ちの候補が全体でいくつあるのかを、正しく数えたことがあるでしょうか。15年前の私は、数えたつもりで、1か所しか数えていませんでした。


15年前の金曜は、いつも次の50社を探していた


15年前、私の手帳の最後のページには、こう書いてありました。「残り75社」。1日に5社のペースで消化すれば、75社は15営業日。月曜に始めて、3週間後の金曜には空になります。


その金曜の夕方、私は何をしていたか。次の50社を探していました。名刺をめくり、業界のニュースを流し読みして、翌週のかける先をこしらえる。この時間を1年ぶん足し上げてみると、およそ240時間。1か月に換算すると、まるまる2日ぶんになります。私は「次の会社が足りない」という思い込みに、この時間を払い続けていました。なお、新しい候補を見つけに行く仕組みは、この連載のはじめのほうに書いたとおり、いまは機械が回してくれています。今日の話は、その横にある話です。すでに持っているはずの会社が、全体でいくつあるのか。それが見えていなかった話をします。


部長は「うちには1800社ある」と言った


ある月曜の朝、私は当時の部長に、「この調子だと3週間でリストが空になります」と話しました。部長は首をかしげました。「うちには候補が1800社あるはずだが」。私は言い返しました。「いえ、私の残りは75社です」。


あとになって分かったのですが、どちらも正しかったのです。部長の1800社は、部門の共有シートの行数でした。私の75社は、私の手帳に載っている会社の数です。分母の違う数字どうしで、私たちは3年間、噛み合わない話をしていました。そして本当のところ、「空になる」のは私の手帳だけだったのです。


数えてみたら、会社は5か所に住んでいた


その日を境に、候補がどこにいるのかを数えてみることにしました。10分の作業でした。


手帳に75社。名刺ケースには、展示会でもらったまま仕分けていない束が100枚を超えていました。メールの連絡先帳には、部署ごとにたまった宛先。引き出しの中の提案書のフォルダには、3年ぶんのやり取りの相手がそのまま残っています。SFAには、3年前までの失注や休眠の行が900行近く眠っていました。そして部門の共有シートに、部長の言う1800社。


私が「残高」と呼んでいたものの正体は、このうち手帳の1か所でした。候補の会社は、私の中にも、部門の中にも、5か所以上に分裂して住んでいたのです。同じ会社が別々の行に現れる話は、この連載で名寄せの話をした回に書きました。今日の要点は、その前の工程です。集めることと、数えること。手帳の75社は、全体の一断面にすぎません。私は分母を取り違えた数字で、「3週間で空になる」計画を、まじめな顔で立てていました。


散在に名前をつけたのは、ずっとあとでした


散在。後で本を書いたときに、この状態に名前をつけました。候補の情報が複数の場所に分裂して、全体の残高がどこにも1枚では見えない状態のことです。散在には兄弟が2人います。リストが人と一緒に消えていく話と、動いた会社に気づけない話です。この2つは、この連載ですでに書きました。今日は、まだ書いていなかった3つ目の話です。


残高が読めないと、営業は探し続ける


散在が実害に変わる形のうち、私がいちばん長く払い続けたのはこれでした。残高が読めないと、行動の計画が立たない。候補が足りないのか、選び切れていないだけなのか、分母が見えなければ区別がつきません。私は常に「足りない」側の前提で動いていた。だから空になるのが怖くて、金曜の夕方に次の50社を探し始める。全体を見れば、探す必要のない時間だったかもしれません。分母が見えないから、やめられなかったのです。怠けていたのでも、探すのが好きだったのでもありません。20年この仕事をやってきて、いちばん長く払い続けたムダは、この「見えない分母」だったと思います。名前をつけられるまでは、自分のせいだと思い込んでいました。


週末の統合は、3か月で必ず止まる


散在は、頑張りでは断てません。15年前の私は、それでも週末にまとめることを始めました。5か所から候補を書き写して、1つのシートに並べる。土曜の午前がつぶれる作業でした。続いたのは3か月です。4か月目の土曜、私は書き写すのをやめました。理由は覚えていません。覚えていないこと自体が、理由です。人の注意力で構造を支える設計は、続くはずのない作りなのです。


集めるのも、数えるのも、機械の仕事だった


直し方が変わったのは、1年前、AIに仕事を渡し始めたときです。


手元の資料をAIに集めさせました。名刺の束の読み取りから、連絡先帳、提案書フォルダの宛先、SFAの古い行、共有シートまで。人間が5か所の突き合わせに40時間かかる作業を、機械は数分で1枚に並べます。同じ会社の行を1つにまとめる名寄せの道具を通して、全体の社数が初めて確定しました。並んだ行は2000を超え、まとまったあとの社数は1800を超えていました。部長の数字のほうが、正しかったのです。


その朝、手帳の最後のページを書き換えました。「残り75社・3週間」から、「1800社超」へ。3週間の計画は、2年近くの計画に変わりました。年240時間の金曜の夕方は、この日を境に消えました。


残高が見えると、「探す」が「選ぶ」に変わる


全体の残高が見えて、何が変わったか。仕事の中身が、「探す」から「選ぶ」に変わりました。次の50社をこしらえる金曜はなくなり、1800社のどこから入るかを考える時間になったのです。候補に点数をつけて並べ替える話や、会わなくていい会社を先に決める話は、この連載で何度か書いてきました。あの話には、ここに前提があります。全体の残高が1枚で見えていることです。分母の見えないリストでは、選びようがないのです。


いま私の候補は、1枚の台帳にまとまっています。手帳に「残り」を書かなくなって、1年になります。「リストが空になる」という言葉も、言わなくなりました。空になるのは、見えていない場所が増えたときだけです。


任せる線


集めるのは機械です。数えて、揃えて、1枚に保つのも機械です。人間の仕事は2つだけ。どの場所を分母に入れるかを決めること。そして、出てきた残高をどう読むか——3週間の焦りの計画にするのか、2年ぶんから選ぶ計画にするのか——を決めること。数えた残高は、数えた場所の数でしかありません。だから、どの場所を数えるのかの選定は、人間の仕事のままです。


今週、ひとつだけ試すなら


候補が眠っている場所を、5つ数えてみてください。手帳。名刺。メールの連絡先。過去の提案書のフォルダ。SFAや共有シートの古い行。それぞれに何社いるかを、手帳の「残り〇〇社」の隣に書き添える。10分です。2か所以上に分かれていたら、あなたの「残り」は、分母を取り違えた数字です。そこまで分かったら、2つのリストをAIに渡して、1枚に並べさせるところまでやってみてください。金曜の夕方に次の50社を探し始める前に、全体の残高を1度だけ見ておく。15年前の私が240時間を払い続けたのは、探すのが下手だったからではありません。数える場所を、1か所に決めていたからです。


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