当たる条件を口で答えて、後輩のリストが別物になった話
こんにちは。速水拓真です。
前回は、同じ会社に9日おいて2通送ってしまっていた、名寄せの話でした。今回はもっと入口の話です。集めるまえに「どこを追うか」を決める物差しの話です。先週の水曜に後輩から聞かれた1文に、口で答えてしまった。その勘が金曜の夕方、別物の形で帰ってきた話を書きます。
「どこに当たりますか」は、1文で答えられます
先週の水曜、名寄せの終わった表(428社)を共有フォルダに載せた直後に、後輩が声をかけてきました。今月から、後輩もこのプールのうち20社を自分の持ち分として取り、自分のアプローチを付けます。
質問は、こうでした。「先輩がこの中で入ると思う会社は、どこですか」。
答えるのに1秒もかかりませんでした。「食品の中堅で、自社ブランドを持っている会社が当たります」。この1文は、15年かけて研いだ勘のなかでもいちばん硬いところで、私の中では精確の極みでした。後輩はメモを取って、礼を言って、席に戻りました。
私も満足でした。教える側にも、教わる側にも、どちらにも気持ちのよい会でした。いま振り返ると、この会は「教えた」ことになっていませんでした。勘の名前だけを渡して、使い方の欄は空欄のままだったのです。
別物のリストが、金曜の夕方に届いた
金曜の夕方、後輩の絞り20社が共有フォルダに上がりました。上から見ます。食品、合っています。2位、3位……。20社のうち9社が、従業員1,000人を超える上場大手でした。誰でも知っている名前が並んでいます。
私は従業員50〜300名の社を頭の中で「中堅」と呼び続けてきました。後輩の口から出た理由はこうです。「大手のほうが、公開情報が豊富で調べやすいので、先にそちらから」。ああ、としか言えませんでした。辞書のない人が最初に作るリストは、条件の順ではなく「調べやすい順」に並ぶ。調べやすいのは、名前を知っている会社です。後輩が選んだ9社は、どれも間違っていません。ただ、私の物差しの外に全部いました。
もう1つの事故は「自社ブランド」でした。どうやって判別したのかと聞くと、こう来ました。「サイトを見て、なんとなく判断するしかない気がします」。なんとなく、が正解なのです。私が15年間、この判定を口にしたことがなかったからです。卸の社もECを載せます。売る側の部署も、書いてあれば載ります。なんとなくで判別した後輩の20社のうち、卸が6社混じっていました。
口で渡せるものは、人にもAIにも渡せません
この夜、後輩のリストを閉じて、15年分の勘を書き出す作業に入りました。まず気づいたのは、勘は「答え」と「見る場所」の2段でできているのに、私は後段を一度も文章にしないまま、前段の名前だけを人に渡し続けてきた、ということです。答えだけの共有は、伝わった気持ちだけを残して、中身が届きません。
そして、この欠落はAIにはさらに致命的です。AIは、私が口に出して説明したことしか拾いません。頭の中の棚は、AIの側からは空に見えます。つまり、共有できていない物差しは、「AIには任せられない」と書くまでもなく、そもそも渡すための形が無い。共有とAI化は、同じ場所で止まっています。どちらも、勘が文章の形になるのを待っているんです。口伝のままでは、後輩の20社と、AIの500社のどちらにも、私の勘は届かない。
4列の表。命は「判定方法」
書き直しの型は1枚に決まっています。4列の表です。
条件 — 誰が読んでも同じ解釈になる書き方。うちの物差しなら「従業員50〜300名の食品会社」
判定方法 — 公開情報のどこを見るか。「直近の求人票に記載の企業規模」
理由 — なぜ効いていると思うか。「稟議が2段階で済み、導入の判断が早い」
根拠 — 最後に確認した実数。「過去6ヶ月の受注10件中7件がこの範囲」
初版はAIに起こさせます。ここ2年分の、うまくいった行と外れた行を貼り付けて、4列のドラフトを作らせます。そのあと15分だけ手を入れます。直したのは2箇所でした。1つは「判定方法」を、私が実際に見ている場所の名前に直すこと。もう1つは「根拠」の数字を、AIの推定値から受注管理表を数えた実数に上書きすること。裏の数字が取れない条件は、表の末尾に「要検証」の棚を1つ作って、そこに降ろしました。
4列のうち、命は「判定方法」です。理由は毎週の直しで後から磨けますし、根拠の数字も来月に拾い直せます。ただ、判定方法の欄に「社長と話した感触」と書いてしまった条件は、人にも、AIにも使えません。表すべてに共通する基準はこの1行です。すべての条件を「公開情報で10秒以内に確認できる」書き方に直す。この1行を満たしたとき、勘は初めて道具の形になります。
今朝、1回だけ回しました
今朝、この4列のうち「条件」と「判定方法」の2行を、リスト収集のプロンプトの条件欄にそのまま貼って、1度だけ回しました。出力の形式はいつものとおり、企業名・URL・業種、選定理由の1行、そして分からないものは「不明」と書かせる。戻ってきた先頭の10社は、従業員100人台の食品会社の並びで、大手は1社も混ざりませんでした。物差しが文章に乗った瞬間から、AIは私と同じ地図を指し始めます。私は朝の10分で、あとの確認だけをしました。
v1を渡しても、私の数字は下がりません
正直な抵抗を1つだけ書いておきます。「当たる条件を見せたら、私の価値が下がるのではないか」という心配です。この心配とは15年つき合ってきたので、値踏みした結果だけ書きます。
渡すのは物差しのv1です。私は毎週金曜の30分で、今週はずれた行の理由を物差しに足し続けます。v1のままで撃っている人と、直し続けている人は、同じ条件で撃っていません。差は消えません。代わりに縮まるのは「私と後輩の差」であるより先に「部署の最低ライン」です。なくなるものは何もなく、説明の手間だけが毎回15分から3分になりました。この15年、口で教えるときの説明が毎回15分で、しかも再現されない。書面に起こしてからの説明は、表の4列を指差すだけなので、3分です。
任せる線
勘のうち、「どこを見るか」を決めて条件の1行を文章にするのは人間です。見る場所を切り替える、金曜30分の直しも人間の仕事のまま残します。4列のドラフトを起こすこと、根拠の数字を受注実績から拾い出すこと、条件に合う会社を数百社の規模で拾うことはAIです。根拠を自分の実数で上書きすること、裏取りが取れない条件を「要検証」棚に降ろすこと、v1を誰の手に置くかの判断は人間です。15年の勘は、この3つの決断の上で初めて、文章の形になります。
今週、ひとつだけ試すなら
一番効いていると思う条件を1個だけ、4列で書いてください。全部は要りません。1個で十分です。書いたとき、「判定方法」の欄に「社長と話した感触」と書いてしまったら、そこはまだ口のままです。書けなかった欄が、次に文章化する欄です。出来上がった条件の行を、いつものリスト収集のプロンプトにそのまま貼って、1度回してみる。物差しのうち1本でも文章に乗れば、勘の側と機械の側が、同じ地図を指し始めます。
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