決裁者は、提案書を後ろからめくっていた話
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こんにちは。速水拓真です。
前回は、商談の席で先方が口にした言い回しを、その夜、機械と並べ返す話を書きました。今日は席から持ち帰る方向に置く書類の話です。商談のあとに送る提案書を、どちら向きに組み立てるのか。入りは、15年前のある水曜の午後の会議室からにします。
「まず、いくらですか」
15年前の私は、10枚の提案書を1枚ずつめくる段取りで会議室に入っていました。1枚目は自社の紹介。そこから先は商品の説明で、私がいちばん話したくて、いちばん得意な部分を前半に並べました。金額は9枚目。外れた場合の話も、9枚目の近くに置いてありました。順番にめくれば、途中で聞かれた質問にも、そのすぐあとに必ず答えが用意してある。それが、当時の私の模範答案でした。
会議室の向こうの席には、先方の常務が座っていました。説明が3枚目あたりに差しかかったとき、常務が資料の端を手で引きました。
「まず、いくらですか」
金額は9枚目にしか書いてありません。常務に聞かれたとき、私は説明していて、まだ3枚目でした。めくるのをやめて金額の枚へ飛ぶ、という選択肢が頭の中になくて、私は説明を続けました。常務は待ちきれずに、手元の書類を先のほうへ一回めくり、金額だけを確認しました。そして、話がつづいているのに目だけが紙から離れていました。その商談は「持ち帰って検討します」で終わりました。検討からの返事は、来ませんでした。
手が止まったのは、最初の2分半だった
あのあと、私は順序のせいだとはまだ考えていませんでした。中身が足りなかったのだと思い、中身を厚くしました。説明する力を上げて、枚も増やしました。それでも帰りの一文だけは、何年も「持ち帰って検討します」のままでした。
めくられ方に順序という名前を付けたのは、だいぶあとのことです。決裁者の読み方をいくつも眺めていくと、手が止まるのは最初の2分半でした。1枚目の結論を半分だけ読む。続けて、後ろの枚から「外れた場合」の話を探す。ここまでで2分半です。金額を最後のページに置いた提案書ほど、後ろからめくられる書類はありません。順番に説明する時間を設計している側の枚は、真ん中で閉じます。3分を超えて読まれなかった書類は、その場で決まりません。決裁者の口からは「検討します」が出ます。そして検討に持ち込まれた書類は、たいてい戻りません。
決裁者が全部を読まないこともあります。そのとき1枚目が、担当が上に回すときの推薦文の役割をします。金額と結論を1枚目に置くのは、決裁者のためだけではなく、書類がどこで止まるかを決めるためでした。
褒められた文章は、決まらない
もうひとつ、何年か後のある商談の話です。部長が私の提案書を褒めました。「きちんとしていて読みやすい」と。私は読めば読むほど良くなると思って、中身を厚くし続けました。褒められていたのは、正確には、私が読みやすいと思える順番で組み立てた文章でした。私の読みやすい順番とは、私が話しやすい順番です。書類全体を、決める人の読み方に合わせて立て直す、という仕事が、そのとき私は存在していませんでした。中身を良くすれば順序は追いつく、というのは、今から思うと、私自身のための言い訳でした。
何年も直せなかった理由はもうひとつあります。直す仕事に、見える形の模範がなかったこと。落ちた商談から提案書だけを取り返して、どこで読み手が離れたかを数える記録はなく、褒められるたびに、めくられ方を遠ざけていました。
AIが直してきたのは、順序ではなかった
AIに提案書の下書きを渡すようになった最初の月は、きれいな日本語には喜びました。けれどめくってみると、1枚目は自社の紹介から始まる文章です。15年前の会議室でめくられたのと、同じ順番のままでした。
機械が採る並びは、私が渡したものの中の並びなのです。私は15年前の自分の順番のままで材料を渡していたので、機械はその癖を、文章として上手に着替えさせて返してきました。癖は消えません。ただ、きれいに書かれるだけです。
そこで頼み方を変えました。「整えて」と頼むのはやめて、順番だけを1行で指定する。1枚目は「決めること・金額・時期」の3行。最後の枚は「外れた場合の条件」。並びの枠を先に渡して、その中に文章を書かせる。めくられ始める位置は、この1行で変わりました。
金額は、1枚目の上に置く
金額を先に書くと交渉が不利になる、という心配は今も残ります。ただめくられ方を眺めると、向きは逆です。金額の見えない書類ほど、先送りされます。金額が読めたあとでないと、読む価値の判断そのものができないからです。金額が見えたときに「読む」と決めてもらえると、決裁者は書類にもう一度戻ってきます。
書き方の付け足しがひとつ。PDFで送るとき、金額は1枚目の上の三分の一以内に置きます。先方が最初に開く画面に、結論が収まる位置です。最後のページに置くと、画面でたどる枚数が倍になります。月額だけの書き方もやめました。総額の見えない書類は、金額の見えない書類と同じくらい、先送りされます。
読まれない枚は、後ろに置く
構成図や機能の一覧、導入先の実例、スペックの一覧。読まれそうにない枚は、全部後ろの別紙に移すことにしました。表紙は、宛先と、件名と、日付の3行。挨拶は書いてありません。挨拶はメールで済ませてあるからです。ロゴを大きくした表紙もやめました。決裁者はロゴで判断しないからです。
本文を6枚に絞ると、1枚15秒で読める分量になります。6枚目は「外れた場合の条件」です。めくられる立場を離れた数年、別の側で提案書を受け取る席にも座りました。そこで受け取った提案書で、外れた場合の条件まで書いてあるものは、10社に1社ぐらいでした。書いてある提案書は、少なくとも検討の土俵に上がれます。書いていない書類のことは、先方側の会議で「これといった決め手がなく」の一言にされ続けてきたのが見えるからです。
もう一度だけ開けるのは、2枚
機械に並べてもらったあと、私がもう一度開けるのは2枚だけです。2枚目の事実と、5枚目の計算。2枚目は、出所のない数字が1行も着いていないか。出所のない数字が1行着いただけで、書類全体の信用は、読み手の側で減ります。5枚目は、割り算が合っているか。かかる金額と減る数字から、回収までの月数が出る式を、1行だけ添えておきます。電卓を取り出させたら、取り出した枚で負けです。式の1行があれば、取り出さずに読めるからです。
数字そのものを自分の目で開けて直す話は、連載の途中の回に書きました。今日に残る仕事は順序の1行です。その1行を決め、機械に並べて書いてもらい、2枚だけをもう一度開けて確かめる。
任せる線
決裁者がどこから読み始めるかを、1枚目の3行として決めるのは人間です。決めた順序の枠に沿って、中身の文章を並べてもらうのが機械です。事実の出所と、計算の割り算。この2枚の開けなおしは、どの機械にも任せていません。金額を置く位置を決めるのも自分です。書類の中身を書くのは機械で構いませんが、めくられ方の向きを決めるのは、書類を出す側の人間の仕事です。
今週、ひとつだけ試すなら
手持ちの提案書を1件、後ろからめくってください。金額がどこに書いてあるか。外れた場合の話があるか。1件10分もかかりません。金額が最後のほうのページにある場合だけ、次に送る1件で、金額を1枚目の上に置いてみてください。先方が最初に開く画面に、結論が収まる位置へ。15年前の私は9枚目の前で「検討します」と言われて、中身の直しを足し続けました。順序の1行を直し始めたのは、AIに渡してからでした。めくられ方の向きが変われば、帰り方の一文も変わります。
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