後輩の商談の報告に、「ただ」が1つも残っていなかった話
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こんにちは。速水拓真です。
前回は、候補の会社がいくつあるのかを数えたつもりで、1か所しか数えていなかった話を書きました。今日は会いに行ったあとの話に戻します。商談の途中で、相手が口にする言い回しの読み方です。入りは、この木曜の夕方の出来事からにします。
「先方、いいですねとおっしゃいました」
この木曜の午後、半年ぶん続けている先方との商談に、後輩と2人で入りました。この連載で何度か出てくる、朝のリストを機械に渡す仕組みを作ったあの後輩です。商談が終わって、夕方のデスクで報告を聞いたときの、後輩の一文がこれでした。
「先方、いいですねとおっしゃいました。あとは、上長に共有しておきますね、と」
私は聞き返しました。「いいですねの、あとには何がありましたか」。後輩は少し考えて、言いました。「……そのあとは、時期の話ですね」。報告は間違いではありません。ただ、そこには相手の言葉が1つも残っていませんでした。良い返事だけが残り、大事な「ただ」が消えています。15年前の私なら、同じ報告をして納得し、そのまま商談を閉じていました。
部長は「先方の言葉で言うと」と聞いた
15年前のある月曜の朝、前の週に続けていた先方との商談を、当時の部長に報告しました。「先方は前向きでした。導入を検討してくださっていました」。部長は顔を上げました。「で、先方の言葉で言うと」。この質問に、答えられた記憶がありません。手元にあったのは要約だけでした。良い返事の要約です。要約は報告には使えても、次の商談には使えません。何を前提に進めればいいのかが、要約の中にないからです。
1か月のちにその案件は動かなくなりました。振り返ると、商談の席で先方は「良いですね」と言った直後に「ただ、うちは」から運用の話を口にし、後半の別の話の中でも同じ悩みに戻っていました。肝心の部分は、私はすべて飲み込み、要約だけを持ち帰っていたのです。記憶は要約で保存する。消えたのは記憶の力ではなく、保存のしかたでした。
建前は言葉に乗り、本音は言い回しに乗る
あの失敗のあと、分かったことがあります。建前は言葉に乗り、本音は言い回しに乗るということです。良い評価の言葉そのものは、たいてい建前です。「良いですね」の後ろに続く言い回しのほうに、先方の本音が置かれます。
問題は、商談中の頭は次の質問でいっぱいになっていることです。4種を聞きながら全部拾うのは、この仕事を20年やっても無理でした。商談中は、聞くことに頭を使い、拾うことは余白に任せます。その場で引っかかった言い回しだけを、メモの余白に2、3語書き添える。拾い直すのは、夜に機械に渡してからです。
拾える型は4つしかない
木曜の商談の夜、後輩が取っていた粗いメモをそのままAIに渡して、4種で並べ返させました。型は4つしかありません。全部覚えて帰ってください。
1つ目は具体です。「リソースが足りなくて」は誰でも言えます。「毎週月曜に3人の現場から数値をもらって手で張り合わせています」は、その作業をした人にしか出てきません。数字、曜日、回数、部署の名前が出た発言は、その人が実地に触れている証拠です。木曜の商談で先方は「来年の1月から新体制になるので、それまでに決めたい」と言っていました。時期の具体です。ここが本音の1つ目でした。
2つ目は「ただ」以降です。人は建前から話し始めて、本音を接続詞に乗せて移ります。「ただ」「実は」「正直」「うちの場合は」の後ろ。先方は「いいですね」と言った後で、「ただ、うちは導入を動かす人がいなくて」と続けていました。後輩の報告から消えていた1文が、メモの余白に残した3語から出てきました。
3つ目は、2回出てきた悩みです。質問を変えても、別の話の裏から戻ってくる悩みが本命です。1回は礼儀、2回は本気。先方は商談の前半で「現場が人足りなくて」と言い、後半の話の中でまた「今月は現場が忙しくて」と言い返していました。2回とも現場の負荷でした。
4つ目は主語の消失です。「上長に共有しておきます」「社内で共有しておきます」。主語のいない発言は、具体的に誰も動きません。日本の商談では、断りは言葉でなく主語の消失で来ます。先方の「上長に共有しておきます」は、動く人が一人も名指しされていない約束でした。この読み方をしたなら、共有される前の先で誰に会うのかを、こちらから聞いておく必要があります。なお、商談の締めに日付を取る話は、10月のはじめの回に書きました。今日は締めでなく、途中の言葉の話です。
メモは、その夜のうちに機械へ渡す
拾い直しのやり場は、夜のうちに機械へというのがいまの形です。商談中に書いた粗いメモを、そのままAIに渡して、上の4種に当てはまる先方の発言を原文のまま並べさせます。ただ一つ、守ることがあります。機械は要約したがります。存在しない発言を、らしい言葉で補うことがあります。だから表の中で信じてよいのは、発言の列だけ。その列が、メモの残した言い回しと一致するかどうかだけを、自分の目で数分かけて照合します。ここを省くと、機械の推測の列を根拠にした先方への返しを書くことになります。原文が残っていないと、「AIがそう言っていた」という言い方だけが社内に残るのです。
その夜の表には、もう1つ数字が出ました。先方からの質問の件数です。木曜の商談での質問は1つ、導入にどのくらいかかるのかでした。自分の側の質問を厚くして商談に臨む話は、別の回に書きました。今日数えるのは、反対側の席から出る質問です。質問がゼロの商談は、たいてい動きません。1つだけなら先方は聞く気がある。ゼロでなかったので、次に会う理由が残りました。
拾った本音は、詰めない
木曜の夜、後輩と表を眺めて、使い方を1つ決めました。拾った本音を、先方に詰めないことです。
「前回、導入を動かす人がいないとおっしゃっていましたが、それで進めるおつもりですか」。これは指摘です。指摘に見えた瞬間、相手は防衛に入ります。拾った本音は、相手の言葉を「指摘」ではなく「前提」として扱う質問に変えます。私が後輩と決めた次回の入り方の1問はこうです。前回、導入を動かす人がいない、と聞きました。新体制の4か月を使うとして、最初の3か月で誰の手がいちばん足りなくなりますか。先方の「ただ」を前提に置いたまま、具体的な作業の中身を聞く。返ってくる答えが、次の提案の軸になります。
表の言い回しの全部に触るのは禁物です。触りすぎると商談が尋問になります。優先の高いものを2つまで選び、1つを次回の入り方の1問に変え、残りは次の商談の種として置いておく。詰めるのではなく、確認の1問に置き換える。それだけです。
任せる線
商談中に2、3語の言い回しを書き留めるのは人間です。そのメモから、4種の型に当てはまる発言を原文のまま拾い出し、表に並べ、先方の質問の件数を数えるのは機械です。そして発言の列を自分の目で照合すること、優先の高い2つを選ぶこと、前提として扱える1問に直すこと。この3つは、どの機械にも任せないままです。商談の中の本音を拾うのは機械の仕事で、その本音をどう出すかを決めるのが、商談に座る人の仕事です。
今週、ひとつだけ試すなら
直近の商談のメモを、そのままAIに渡してください。指示は1行で足ります。具体的な数字を出した発言、「ただ」以降に来た発言、2回出てきた悩み、主語のない約束の4種を、原文のまま並べて、と頼むだけです。返ってきた表の発言の列が実在するかだけを確認して、言い回しがはっきりしたものを2つ選んでください。選んだ1つを、次に会う日の入り方の1問に直しておく。詰めない。15年前の部長は「で、先方の言葉で言うと」と聞きました。商談の翌日のうちにその問いに答えられる営業は、強いです。表を開けば先方の言葉が原文のまま並んでいます。手元に残るかどうかの差は、報告の要約と、メモの余白の3語の差です。
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