速水拓真 営業×AI 実践シリーズ
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「他社より高かったので」を、額面どおりに受け取っていた話

初出: note

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こんにちは。速水拓真です。


以前、断られた直後の24時間の話と、そのあとに出す3通の話を書きました。どちらも、先方に向かう文面の話でした。今日はその反対側です。誰にも送らない、自分の手元に残す1行の話を書きます。負けた理由を、次の商談の部品にまで運ぶための1行です。


「他社より高かったので」


15年前の話です。製造業向けの在庫管理システム、見積300万円の案件でした。購買部長から「他社より高かったので」という失注の連絡があり、私はそれを額面どおりに受け取りました。値段の負け。ならば次は安く出す。1か月後、同じ業界の別の会社への見積では、中身を変えないまま値段だけを丸めました。その案件も、取れませんでした。


3か月後、業界の付き合いで、あの案件の本当の事情を聞くことになります。先方の情報システム部門が「今のエクセル運用で十分」と抵抗していた。決裁の立場の生産管理部長は、商談に一度も姿を見せなかった。値段の話は、表向きの顔でしかなかった。あとから考えれば、見積を100万円下げて再提示したところで、あの案件は戻りませんでした。戻らない理由が、値段ではなかったからです。


手元の商談メモを開くと、確かにそこに書いてありました。「決裁の部長、商談に不出席」。先方が口にした理由と、私がその場で観察していた事実。15年前の私には、この2つを分けて書く場所が、どこにもなかったのです。


負けは、いちばん質の高いデータだった


失注は、営業が手にするデータの中で、いちばん質の高いものです。時間をかけ、交通費をかけ、先方の本音に触れるところまで行った結果が、「負け」という形で判明している。実験が終わっているのに、その結果を記録せずに捨てていました。


受注なら、祝杯と引き継ぎで忙しくなります。失注なら、「まあ仕方ない」でその日は終わる。この繰り返しで半年たつと、手元には何も残りません。20年、負けのたびに手帳の隅へ「次はこうする」と書いて、翌週には同じ負け方をしていました。半年たって残るのは、読めなくなった走り書きだけです。


記録が続かなかったのは、性格の問題ではありません。設計の問題です。失注は精神的に嫌な出来事なので、記録に3分以上かかる仕組みは、誰にも続きません。続かない仕組みを、意志で支えようとしてきたのが、私の20年でした。


理由は見つけていた。でも、置き場所がなかった


AIを使い始めたばかりの頃、断られた翌朝に議事録を読ませて、感想と事実を仕分けた話を書きました。あの朝、半年通った案件の見送りの理由は、1行だけ残りました。「導入の目的が先方で変わっていた」。理由は、見つかったのです。


でも、その1行は、それからどこにも行きませんでした。案件のフォルダの中で、議事録と一緒に眠ったままです。次の商談の、何も書き替えなかった。理由を見つける話は、あの回で終わっていました。見つけた理由を、次で使う。その間に、置き場所の設計が1つ足りなかったのです。


書くのは1行、3分。心臓部は「本音の推測」


1か月ほど前、失注のログを作りました。シートに9列の見出しを置いて、負けた案件を1行で書きます。記録日、会社名、業界、金額、どこまで進んだか、負けの型、表向きの理由、本音の推測、もう一度連絡する時期。書くのは1行、3分です。


9列のうち、心臓部は8列目の「本音の推測」です。書き方を比べてみてください。「価格が高かった」は、先方の言葉の復唱で、追加の情報がゼロです。「自分の説明が下手だった」は、自責で終わっていて、次の一手に出られません。「部長は前向きだったが、決裁の専務が既存業者の継続を指定。価格は表向き」。これは観察です。観察は事実なので、書くのが苦痛ではない。評価は書くたびに心を削りますが、観察は削らない。だから、3分で続きます。


1行への整形はAIに投げます。私が貼るのは、商談メモの写しと、先方から返ってきた言葉だけ。AIが9列に分けて返してくるので、私は8列目だけを読んで、違うと思ったら直す。30秒です。AIのままが正ではなく、私が直した1行が正です。


聞き取りは3日以内、4問。いちばん大事なのは最後の1問


負けの理由の鮮度は命です。1か月たつと、先方の記憶も私の記憶も整理されすぎて、きれいな理由しか残りません。聞くのは、判明から3日以内。メールでも電話でも、4問だけです。いちばん大きかった理由。選んだ相手の決め手。私たちに足りなかったもの。そして最後に、また連絡してよいタイミング。


この最後の1問が、実務上いちばん重要です。見送った案件も、負けと同じ1行に入れてこそ価値が出る。もう一度連絡する時期が埋まった行は、半年後に、ちゃんと商談の種になります。返事の来なかった案件も、見送りも、行にして初めて残るのです。


聞くときの決まりは、2つだけです。理由を聞くだけで、反論しない。「高かった」と言われて、その場で値引きを切り出すのが最悪です。案件は戻らないし、聞き取りもそこで終わります。もう1つ、値引きや再提案の打診があっても、即答しない。社内に持ち帰ってご連絡しますとだけ返して、そのやり取りごと行に書く。負けた直後にその場で値段を下げると、次の商談の値段を、ずっと下げることになります。


10件目が埋まった夜、直す場所は1つに決まった


昨夜、10件目の行が埋まりました。10件、または3か月。どちらか早いほうで集計する決まりなので、AIに表を出させました。3分です。


最多は「決裁者が最後まで出てこなかった」の4件。次が「先方の予算枠がまだなかった」の2件、検討が静かに止まったままの2件、値段が本体だった1件、そしてそもそも求めていたものが違った1件。表向きの理由の欄に「価格」と書いた行は3件あったのに、8列目まで読んで、値段が本体だったのは1件だけでした。15年前のあの案件と、同じ構図です。それから、10件のうち7件までが、見積を送ったあとの負けでした。いちばん授業料の高い場所で、負け続けていたことになります。


表を眺めて「なるほど」で終わるなら、集計は趣味です。負けの型ごとに、次の一手は決まっている。本当に値段なら、提案の範囲と値段の再設計。決裁者が出てこないなら、初回の商談で、決裁の人が誰かを尋ねる1問。既存を続ける空気なら、移行の負担を減らす提案。


私が書き替えたのは、1か所だけです。商談メモの項目に「決裁者と、その関心事」という1行を足しました。2位の予算のことも気になりますが、直すのは次の1周まで待つ。1回に全部直すと、何が効いたか分からなくなるからです。書き替えた日は、ログの横に1行残しました。次の集計で、その型が減ったかどうかを見る。減っていなければ、書き替えのほうを疑う。この1周が回り始めると、負けは、次の商談を回すための燃料になります。


任せる線


1行への整形、集計、型の候補を並べることはAIです。表向きの理由と本音を分ける観察の目、型を1つに絞る判断、直す場所を1か所に選ぶ判断、そしてこの行を評価に使わないという約束は人間です。ログが誰かの評価の材料になると、型はきれいなものばかりに偏ります。「伝わり方が足りなかった」を自分に付ける人はいなくなる。その瞬間に、ログは死にます。使い始めに、この行は改善だけのためだと、私は自分に言っておきました。


今週、ひとつだけ試すなら


直近3か月以内の負けを、1件だけ選んでください。見送った案件でも、返事が来なかった案件でも構いません。9列の見出しを作って、商談メモから先に1行を埋める。本音の推測が「不明」でも、1行が完成なら合格です。所要20分。それで、この仕組みの8割は動いています。理由を探し始めるより、理由を置く場所を作るほうが、ずっと早く効きます。


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