速水拓真 営業×AI 実践シリーズ
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見積書を出したあと、値段を下げたくなった夜の話

初出: note

こんにちは。速水拓真です。


先に白状します。見積書を送った夜、私はパソコンの前で値段を触っていました。送ったばかりの数字を開いて、少し下げたらどうなるかを、何度も計算し直していました。


翌日、先方から来たのは値引きの要求ではなく、「社内で検討します」の一行でした。私は誰にも頼まれていない値引きの準備を、ひと晩かけてしていたことになります。


値引きの話は、買う気のある相手しかしない


これはずいぶん後になって、先輩から教わったことです。冷やかしの相手は、値段も聞きません。値引きを要求してくる商談は、決まる可能性がいちばん高い商談です。


つまり、値引きの一言は攻撃ではなく、最後の一歩です。ところが当時の私は、その一歩を、商談室に入ってから受け止めようとしていました。


「今日決めるなら、1割引いてくれませんか」。


この言葉を浴びた瞬間、頭の中から金額の計算が消えます。断ったら決まらないのではないか。他社に流れるのではないか。いま上長に電話すべきか。そうやって数分考えた末の結論が、いちばん高い結論でした。安くして、しかも翌年度の同じ商談で、また同じ要求を受ける。値引きは一度通すと、相手の中では「言えば通る」という学習になります。


私が間違えていたのは、値段ではなく場所だった


失敗の形は、いつも同じでした。判断を、商談室の中で下していた。 これです。


値引きは、値段を下げる行為ではありません。利益を渡す行為です。粗利が3割しかない商材なら、定価の1割引きは、粗利の3分の1をその場で手放すのと同じ計算になります。月28万円の商談で、1割は月2万8千円。年で33万6千円。2年契約なら67万円です。


67万円を渡すかどうかを、部屋に入ってからの数分で決めていた。決めているつもりもなく、「今日中に決めてもらいたい」という気持ちに押されて、渡していました。値引き交渉が下手だったのではありません。交渉の場を、商談室に置いていたことが間違いでした。


商談前に決めておく数字は、3つしかない


いまは、商談の前に自席で3つの数字を決めます。下限、刻み、引き換えです。


下限は、これを割ったら受注しても採算が合わない額。決め方は、利益からの逆算と、上長の決裁ラインとのすり合わせです。多くの会社は「何%までは現場の裁量」という線を持っているので、その線と採算の線の低い方を下限に置きます。そして商談の前に、上長から「ここまでは自分で切っていい」という一言をもらっておく。この一言があると、商談室で「確認してきます」と言わずに済みます。


刻みは、一気に引かないこと。1回目は2%、2回目は1%、3回目はありません。刻みが小さくなること自体が、底が近いという合図になります。奥の財布は、2年契約や前払いといった、金額以上に重い対価が出たときだけ開ける、と決めておきます。


引き換えは、値引き1回につき対価を1つもらうことです。契約期間の長期化、支払サイトの短縮、事例としての社名公表。引いて終わりにしないだけで、値引きは投資に変わります。


この3つを紙に書くと、商談室でやる仕事は「読むだけ」になります。


値段を言う数十秒は、暗記では固まらない


数字を決めても、まだ足りませんでした。金額を口にする数十秒です。私はこの数十秒で、自分から値を崩したことが何度かあります。相手が黙った、目が泳いだ、そういう間を埋めようとして、口が先に動きました。


だから台本を書くようになりました。金額を言う前に置く換算の一言(月あたり、1人あたり)、言った直後に置く一言(この金額で何が変わるか)。ここまでを固定しておくと、数十秒を沈黙で埋める必要がなくなります。


沈黙は、私にとっては気まずいだけの時間でした。でも先方にとっては、検討している時間です。自分が気まずいからといって、値段を動かして埋めてはいけない。台本は、その数十秒を自分から壊さないための道具です。


渡すのは計算、渡さないのは線


この準備のどこをAIに渡しているか、いまははっきりしています。


粗利から下限を逆算する計算、刻みごとの金額表、対価の候補の洗い出し、金額を言う前後に置く言葉の候補出し。ここは全部AIです。表を埋める作業は、疲れていても正確で、私より速い。


どこで止めるかを決めるのは、私です。 この商談で、どこまでの利益なら渡せるか。その線は、会社の数字と、その相手との20年ぶんの付き合い方で変わります。平均値を出されても困る場所です。AIに渡してはいけないのは、線を引く判断でした。渡していいのは、線を引いた後の計算と文章です。


今週、ひとつだけ試すなら


直近で見積書を出した案件を、1件だけ思い出してください。値段の数字は、もう変えなくていいです。


その代わりに、AIにこう頼んでみてください。「この見積の金額を、粗利3割と仮定して、1割引き・2割引きのときの手放す利益を計算してください。年額と2年契約の合計で、表にしてください。」


出てきた表を見ると、値引きの一言に、いくらで返事をしようとしていたかが分かります。その額を見たうえで、下限だけを1行書きます。この額までは自分で切れる。それ以下は、翌日にする。 それだけで、商談室の中で判断する仕事が1つ減ります。


値段は、下げてから悩むと、必ず後悔します。下げる前に決めておけば、数十秒の沈黙も、先方の検討時間のまま置いておけます。20年やって、ようやくその順番が分かりました。


書籍『商談をAIに鍛えさせろ — 事前準備から断られフォローまで、商談の全工程をAIで強くする』(速水拓真)では、値段を言う数十秒の台本から、値引きの下限・刻み・引き換えの設計、競合と比べられたときの答えの用意まで、商談の全工程を道具単位で通しで解説しています。


それでは、また。


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