経営層が動くのは3つの数字だけ — 「工数が減った」を予算の言葉に翻訳するA4一枚の作り方
前回は、効果測定は3指標で回す仕組みを書きました(効果測定は3指標で回す)。
前回予告したとおり、今回はその仕上げです。準備工数・商談数・提案数の3指標と比較レポートが手元にあっても、読み手が直属の上司のままでしたら「工数が減った」の一言で動いてくれます。しかし、ここから先、読み手が変わります。部長や役員、つまり予算を出す人です。彼らが動くのは「毎月いくらかかり、いくら戻り、やめたら何が起きるか」が1枚に並んだときです。「リスト作成が週4時間から1時間になった」は、彼らの判断材料にはどこにも入りません。良い途中経過ではあっても、稟議の材料にはならないのです。
材料にするには、時間を円に直す必要があります。ここで抵抗を感じる人がいます。「時間を金額に換算するのは乱暴では」。順序が逆です。換算しないほうが乱暴です。営業の人件費は毎月実際に出ていく費用であり、そこから削れた時間は費用の削減そのものです。換算は飾りではなく、実測の時間を実態の言葉に翻訳するだけの作業です。
この記事では、比較レポートをA4一枚の申請書に変換します。計算は掛け算が2回出てくるだけ。残りは文章の型を埋める作業です。
経営層が動くのは3つの数字だけ
稟議書でも口頭でも、予算を出す人が判断に使うのは要するに次の3つです。
- 投資額 — 初期費用といまかかっている月額
- 回収 — いくらが、いつまでに戻るか
- 止めたときの話 — やめたら何が起き、何が残るか
換算しない理由の多くは「経営層の言葉が分からない」ではなく「計算をすると盛った数字と思われそうで怖い」です。しかし、盛らない方法が1つだけあります。切り下げです。この後で実際にやります。
時間をお金に換える3ステップ
使う数字は全部手元にあります。3ステップ、15分で終わります。
ステップ1: 1時間あたりの人件費を決める
人事から正確な数字をもらえるなら、それが最善です。もらえなければ、次の概算で出します。
営業1人の額面年収:800万円
会社負担(保険・諸手当)を1.25倍 → 総人件費1,000万円
年間実働:1日8時間 × 稼働220日 = 約1,800時間
1,000万円 ÷ 1,800時間 = 5,555円/時間
ここで5,000円に切り下げます。地味な作業ですが、この数百円の切り下げが後で効きます。予算を出す人は盛られた数字に敏感で、一度でも「この試算は甘くないか」と思われたら、残りの全部まで疑われます。下に切っておけば、突っ込まれても「保守的な数字です」の一言で返せます。しかも後で見るように、下に切っても回収の結論はびくともしません。
ステップ2: 浮いた時間を月にまとめる
比較レポートの「事務工数」の行を見ます。例として、導入前が週7時間、導入後が週3時間なら、差は週4時間です。
週4時間 × 4.33週 = 17.3時間 → 月16時間に切り下げる
1人で回している段階なら、これで計算は終わりです。チームへの展開を申請するなら人数を掛けます。6人なら月96時間。この「1人あたり月16時間」は後の台本でもう一度使うので、紙に大きく書いておいてください。
ステップ3: コストを全部出して引き算する
コストは隠さず全部並べます。隠れているものを見抜かれると、正直な部分まで信用を失います。
| 項目 | 計算 | 月額 |
|---|---|---|
| ChatGPT法人プラン | 4,000円 × 6人 | 24,000円 |
| 保守作業(自分) | 月2時間 × 5,000円 | 10,000円 |
| シート・Apps Script | 既存契約の範囲 | 0円 |
| 合計 | 34,000円 |
ライセンスの価格は変わるので、申請の時点で最新の料金を1回だけ確認し、表中の金額は自分の契約の数字に置き換えてください。
回収側の計算です。
月96時間 × 5,000円 = 480,000円/月
差し引き 446,000円/月(年535万円)
月額コストの約14倍
初期投資は実質0円です。展開時の教育に1人2時間を見込んでも、6人で12時間=6万円の一回限りで、初月の差し引きで消えます。「回収期間1ヶ月未満」と書けるのは、初期費用ゼロの構成を選んだからです。これは意図して作った強みなので、申請書ではそのまま言葉にします。
ただし1つだけ、限界を先に言っておきます。時間=お金には上限があります。浮いた16時間が報告書の清書に向かったら、480,000円は紙の上の数字のままです。この弱点は自分から認め、商談数の実測で補う。それが次の線です。
比較レポートに「円」の列を足す
計算はシートに置きます。口頭で暗算すると数字が揺らぎ、揺らぎは信頼を削ります。
- 比較レポートのシートの右の空いた列(例:G列)に箱を2つ作る。G1に時間単価の5,000、G2に対象人数(1人なら1、6人なら6)
- 表の右端に「月間削減金額」の列を1本足す
- 事務工数の行にだけ、次の式を貼る
=D4*4.33*$G$1*$G$2
D4は「差」の列の事務工数の行です。前回の表で工数を「週あたりの時間」で記録している前提の式です。もし4週間の合計時間で記録した場合は「4.33」を外して「=D4$G$1*$G$2」にします。式の中身は理解しなくて構いません。黒箱です。数字を入れてEnterを押せば金額が出る道具として使います。
商談数と提案数の行には、この式を貼らないでください。時間の行は金額に置き換えてよいが、件数の行はそうではない。商談数の増加は、円ではなく件数と受注率の実測で主張します。この区別が次の見出しの主題です。
売上への効果は「実測」と「試算」を分けて書く
役員が一番疑うのは、ここです。「時間が浮いた。だから売上が増える」—この飛躍を、自分から切っておきます。分け方はたった1文です。
「工数の削減は実測です。売上への貢献は試算です。」
この一文を先に置くと、後に続く数字の信頼度が上がります。試算の作り方も載せます。
商談数(1人・月):導入前10件 → 導入後16件(ここまで実測)
受注率:20%(前期実績の最低月。平均の25%ではなく低いほう)
平均受注単価:150万円(前期実績)
月間受注:10 × 0.2 = 2件 → 16 × 0.2 = 3.2件
月間売上:300万円 → 480万円(1人あたり月+180万円・試算)
受注率は自分に不利なほうを使います。平均25%・最低20%なら20%です。不利な条件で計算した試算は小さく出ますが、困りません。工数削減の480,000円は1人の実測×6人の換算なので本丸は揺がないし、役員は「不利な数字で計算している人」の話を聞く姿勢が明らかに変わります。
そして、試算の範囲は1人分で止めておきます。6人 × 180万 = 月1,080万と書きたくなる気持ちは分かりますが、月1,000万円超の試算を書いた瞬間、役員の関心は効果の検証から作り話の検証に移ります。大きい数字は書かない。チーム合計の拡大は、実測の工数換算(月480,000円)だけで主張します。それで十分すぎます。
A4一枚の申請書の型
会社に稟議の様式があれば、そこに次の7項目を当てはめます。様式がなければ、この7項目でA4一枚を組みます。
- 現状(3行) — 「営業1人は週7時間をリスト作成・提案書・日次の記録に充てており、商談の準備に時間を割けていない」
- 実施内容(3行) — 「見込み客リストの自動作成、提案書の型化、記録の自動化を、Googleの既存契約上に構築。追加のシステム契約なし」
- 実測値(表) — 比較レポートの3行をそのまま貼る。ログ本体は貼らず、4週間の合計だけを載せます。ログは改善専用のまま。この線を引いておくと、「このログで査定ができそうだ」という誤った使い道が生まれません
- 費用(表) — 月34,000円・初期投資実質0円の内訳
- 効果 — 「工数削減:月96時間=480,000円(1人の実測×6人)/売上:1人あたり月180万円(試算)」
- リスクと対策 — 情報管理(顧客名と金額はマスキング、法人契約で入力データは学習に不使用、社外のツールへの保存禁止)/属人化(手順はシートに残る)/離脱時(仕組みは自社アカウント内の資産、解約コスト0円)
- 申請 — 「ChatGPT法人プラン6名分・月24,000円の継続承認。まず2名で4週間実測、その後6名へ拡大」
3の「ログを貼らない」は大事な線です。比較レポートもログも改善専用。役員に渡すのは、そこから切り出した4週間の合計だけです。生の記録を見せる必要はありませんし、見せると「これで査定ができそうだ」という誤った使い道が生まれます。
話すのは3分。台本をそのまま使う
口頭は3分です。長く話すほど、聞き手の頭は疑いのほうに傾きます。台本を用意しました。数字を自分の実測に置き換えて、このまま読み上げて構いません。
「4週間、営業の事務作業を自動化して、前後の数字を取りました。リスト作成と提案書で1人あたり週4時間減り、月16時間です。この時間を商談に回した結果、商談数は月10件から16件に増えています。費用は月34,000円、初期投資は実質0円です。工数の削減は月480,000円の換算で、費用の約14倍です。売上への効果は試算で、1人あたり月180万円を見込んでいます。お願いしたいのは、6名分・月24,000円の継続承認です。詳細はこの1枚にまとめています。」
言わないことを決める方が、言うことを決めるより大事です。機能の説明、プロンプトの話、AIの一般論は全部やりません。道具に興味があるのは自分で、役員の関心は費用と回収とリスクにあります。3分話したら、あとはA4に任せます。「質問があればここに全部書いてあります」で終わる。それで十分です。
想定される質問と、3行で返す
質問はだいたい次の5つに集約されます。どれも3行以内で返します。長く答えると、自信がないように聞こえるからです。
「AIに営業を奪われるのではないか」
→ 削ったのは事務作業だけです。商談は月10件から16件に増えています。受注の場には人間が必要で、AIはその準備を肩代わりしています。
「情報漏えいは大丈夫か」
→ 法人契約で、入力したデータは学習に使われません。顧客名と金額はマスキングし、社外のツールへの保存禁止で運用しています。
「他社はどうやっているのか」
→ 他社の数字は自社に当てはまらないので、自社の4週間実測を出しました。これは脅しではなく武器です。自社実測より強い材料はそうありません。
「やめたくなったらどうなる」
→ 仕組みは自社のGoogleアカウント内に残ります。ライセンスの解約で追加費用は0円、引き継ぎはシートの共有で終わります。
「お前にだけ効くのでは」
→ その可能性があるので、まず2名で4週間実測してから6名に広げる、2段階の申請にしています。
5つとも、台本と申請書の内容だけで答えられます。その場で新しい話を作らないことです。場当たりの回答は、せっかくの実測の重みを消してしまいます。
今日やること
- 比較レポートの右のG列に箱を2つ作り、時間単価5,000と対象人数を入力して、事務工数の行に式を貼る。 工数の行が「週あたり」なら4.33付きの式、「4週間合計」なら4.33を外した式にします。(所要10分)
- A4一枚の申請書を起案する。7項目の型に、比較レポートの実測値と金額を移す。 ログ本体は貼らず、4週間の合計だけを載せます。(所要30分)
- 直属の上司の前で3分台本を1回通す。 役員の前で話す前に、味方の前で1回。突っ込まれそうな箇所を先に潰します。質問5つへの答えも、申請書の裏に貼っておきます。(所要5分)
まとめ
- 予算を出す人が判断に使うのは「投資額・回収・止めたとき」の3つだけ。工数の削減は、円に換算して初めて材料になる
- 換算は切り下げが鉄則。1時間5,555円は5,000円に、月17.3時間は16時間に。保守的な数字は突っ込まれても「保守的です」の一言で返せる
- 「工数の削減は実測、売上への貢献は試算」の1文を先に置く。受注率は不利なほうを使い、試算は1人分で止める
- 申請書はA4一枚・7項目。ログ本体は貼らず、4週間の合計だけを渡す。ログは改善専用のまま
- 口頭は3分。台本どおりに話し、質問には申請書の内容だけで3行で返す。その場で新しい話を作らない
次回は、承認を待つ間に手を止めない話です。2段階申請の「まず2名で」という返事を待つ間に、渡すものを仕上げる——個人最適化の2週間をどう回すかを書きます。
この連載の続きは、はてなブログでも毎日書いています。
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